前回網膜症のレーザー治療の結果を書きました。
それからの心の内を少し吐き出そうかなと…要するに愚痴です。笑
糖尿病も20年患っていれば、色々なことがありました。
面倒なことも嫌な思いもたくさん。
その中でも私にとっては他人に理解してもらうことが心に負担をかけている気がします。
まず子供の頃。
両親含め家族がお菓子をよく食べる人だったこと…。
家族の中で私だけが自分で我慢すれば良いというような状況でした。
結果、我慢なんかできてませんでした。
食べたいように食べて、薬でコントロールしようとして失敗し続けていました。お酒もしかり。
毎日というほどお酒を飲んでいたときは本当にヘモグロビンが高かったです。
逆に助かっていたことは、理解してくれる友人がいたこと。
別の病気でたまたま同じ病院に入院し、数ヶ月一緒に過ごした友達は、今でも親友です。
網膜症で失明するかもしれないと泣いたときも、支えてくれました。
そして今まさにのし掛かってきているのが、旦那です。。
付き合っていた頃、インスリン注射をする私にも動じず、大らかに受け入れてくれたと思っていました。
眼のことがわかり、迷惑をかけてしまうし、子供も産めないかもしれないと泣いたことも受け止めてくれたと、思っていました。
でも最近になって、この人は病気のことも私の現状も本質的には理解していないんだと思ってしまうことが多数。
夏に買った糖尿病治療の手引きは未だに読み始めていませんし、ここ1週間でなんだか視界に歪みが出ているような気がすると話しても、左右の視力の違いによるものと一緒みたいに捉えたり。
私が子供を持つこと自体を諦めようという考えが生まれ始めていることや、その申し訳なさや、失明した後どうやって生きるのか、次は腎臓か神経かと毎日考えていることは、旦那のなかには少しもないのだろうと思うと、理解してもらうということは難しいんだなぁとつくづく…
リスクを持つよう生まれてしまったこと、自分自身ですら本当に理解するのに20年かかったようなものを、他人にすぐに理解しろというのもおかしな話なんだけど、子供に関わることなんだからもう少し関心をもって考えてほしいなぁ…。
ついでに職場。
プライベートを話す機会がない人が多すぎる。話したとしても断片的だったり、相手には当然知識がないから理解はされません。
上司には当然はなします。というか、旦那方の叔母が上司なので、通院で休むときなど今回はこうでした、来月はこうなる予定ですって感じで話をしてます。
叔母は子供がおらず老後は高級老人ホームに入るわ〜なんて笑っていますが、眼のことで産んだ子供や家族の負担になるようなら申し訳ないからって話をすると、
それでも片目残るなら産んだ方が絶対に良いよ、産めなかったんだか産まなかったんだかな人が言うんだから間違いない。
と言っていました。
間違いないんだそうです。笑
確かに片目で済むなら1人くらい頑張りたいなとかも思います。
でも、この先4、50年先を考えると…だって、20年しか保たなかったじゃないって。この先倍以上の時間、この目が保つなんて到底思えないんです。
低血糖でキラキラぼやぼやぼやける視界、高血糖でクリアになったって仕方ない…
どうやったらこの不安は軽くなるんでしょうね…


