私は昔、漫画家になりたいと思ってた時期があり、小学生の頃はキャラクターを作って漫画を描いて友達に見せたり、中学生の頃は少女漫画を描いてみたり、中学3年の頃には少ないお小遣いで漫画を描く為の道具を集めたり、自分で歌からイメージをしてコマ割りして本格的に描いてみたり、雑誌にも投稿してみようかなあと本気で考えてた時もありましたが、結局は道具は揃えたけどそこまでには行き着かず、高校はスポーツの為に家を離れたので、それ以来漫画を描く事はなくなり、時が過ぎ、48歳の今も好きなジャンルは変わりましたが相変わらずの漫画好きの読者をしています口笛


そしてその遺伝子は娘へと受け継がれ、娘も小さい頃から絵を描くのが好きで、好きな事はとことん突き進むタイプなので、私よりも絵を描く事が好きで、暇があれば絵を描く!そして中学は美術部で、美術の成績だけは3年間オール5、絵の作品も少し大きな賞を頂いて、その絵は我が家の宝物として飾ってあります(笑)←かなりの親バカ


残念ながら高校では美術の授業はなく、そこで評定底上げしてたのが無くなり、辛い所ではありましたが、文化祭では久しぶりに自分からポスターの絵に挑戦して、結果ポスターには選ばれませんでしたが、パンフレットの絵に選ばれて、高校時代の良い思い出になって、久しぶりに娘の絵で嬉しい気持ちになった事もありました爆笑


そしてある日、テスト期間前から部屋にこもって、今回は頑張って勉強してるんだなあと感心していたら、必死に漫画描きしていましたびっくり

テストと漫画応募の締め切りが同じくらいで、すでに何枚か漫画を描いていました。しかも、私が何十年前に揃えた、ペン先とかトーンを使って(笑)

私が夢見て揃えた道具で、娘が挑戦している姿を見て、とても感慨深い気持ちになりました✨


「あの頃の私よ!あなたが産んで育ててる娘が、あながやりたかった事に挑戦してるよ!あの頃の私に想像できたでしょうか?」


遺伝子ってすごいなー指差し


取りかかりが遅かったり、テストもあったので、とにかくバタバタとしてやっと応募ギリギリに仕上げて、内容は恥ずかしいから原稿が戻ってきたら見せるよ!との事で見せてくれなくて残念…😭


私は応募するまでには至らずで夢が終わりましたが、娘は挑戦するまでやり遂げたので、ほんと嬉しく思うし、見えない所では成長してるんだなあと感じました照れ


そして、更に嬉しい事が飛び出すハート

一番小さい賞ですが、賞と賞金まで頂けて、とにかくビックリな事ばかりキョロキョロ

更に更に、自分が若い頃何年も愛読していた雑誌だった事にまたまた感慨深い目がハート

娘に話したわけでもないのに、その雑誌を選ぶのが奇跡だねお願い


これからも夢に向かって挑戦し続けて欲しいなウインク

            娘のファン第一号より











約2ヶ月ぶりの更新になりました…。

この2ヶ月でいろいろありました…。



5月下旬から5年間癒しを与えてくれた、うさぎのふくちゃんが具合悪くなり、6月に虹の橋に旅立ってしまいました…えーん毎回一番辛いのが、看病していて痛みや苦しみを取り除く事はできないので、弱っていく姿を見るのが苦しい…。私もまだ回復出来ていなくて弱っていたので、今、ふくちゃんはどれだけ苦しいんだろう?と考えると息苦しくなってしまって眠れない日々が続いたり…。自分ができる範囲で看病、介護はしたつもりですが、もっと何か出来たんじゃないか?と自分を責めたり…。


けど、ふくちゃんはそんな私の気持ちを汲み取っていたのか?静かに息を引き取っていきました。

姉もそうでしたが、自分が一番辛いのに家族に心配かけまいと、痛い、苦しい、辛いと一言も言わず、じっと耐えていました。ほんとに強い人でした✨


ふくちゃんは、4代目のうさちゃんだったのですが、娘の12歳の誕生日に迎えた家族でした☺️丸くて大福みたい、家に福が来るようにと娘がふくちゃんと名付けましたニコニコただ、ツンデレで一番懐かないうさちゃんでした🐰

抱っこが出来ないうさちゃんは初めてだし、機嫌が悪いとかかってきたり…。ポケモンに居そうなキャラで、一撃交わすとあとは弱かったりする所が可愛かったです爆笑好奇心旺盛で部屋んぽでは探検したり、甘えたい時だけ手にクイクイ顔を入れてきたりラブ顔もとっても美人さんでした目がハート

毎日、ふくちゃんの匂いを吸う、ふく吸いと腕枕してギュッとするのが日課で癒しでした✨


居るのが当たり前な存在が居なくなってしまうと、心にぽっかり穴が空いた気持ちになりますショボーン

姉がいなくなってしまった時以来の喪失感でしたが、ふくちゃんならきっと元気出してね。今までありがとう。と言ってくれてるに違いない!とふくちゃんの今までの写真や動画を見ながら、少しずつ前を向いて生活してきました。残こされた人の人生は当たり前に続くので、自分の最期までをどう生きるか?大切な人、家族が亡くなる度に自分に問いかけています。


人生は出会いと別れを繰り返しますが、歳を重ねて感じるのは圧倒的に別れが多くて、心のダメージが積もってきます…泣くうさぎ

でも、出会って素敵な時間を一緒に過ごしてきた幸せだった日々の思い出があるので、思い出話をしながら、これからも一緒に過ごして行きたいと思いますウインク大切な人達は常に自分の中に居ますから✨


ふくちゃん、一緒に過ごしてくれて、素敵な日々をありがとう🐰ずっと大好きだよチュー








更年期が近づいて来て、体調にもいろんな変化があり、日によって調子がいい日、気分が落ち込む日、身体がダル重な日など、ホルモンに影響を受けながら生活するお年頃になりました…😭


だんだん生理の周期などおかしくなってきて、4月中旬から3回生理がきて、身体は毎日ダルくて、仕事でも嫌な事があったのもプラスで気分が落ち込み、友達に会って話す事すら気分も乗らず、なんとか自分なりに好きな事したりストレス解消しようとしてみましたが、なかなか前向きになれずに過ごしていました…😩


そして、今日の午後は久しぶりに息子の小学生時代のサッカーDVDを見て過ごしてみました⚽️


小学生2年生からスポ少に入り、写真とビデオを撮り続け、それをまとめたDVDを作って、一緒に過ごした仲間にプレゼントしたのですが、自分で言うのも何ですが、3枚に分けて作ったこのDVDは5年間の全てが詰まっていて、みんなにもほんとに喜ばれた傑作集です✨3枚全て見ましたが、あの頃の気持ちが蘇ってきます😌


ただ、親としては楽しい事よりも辛かった事が多かった時期でしたが、なんとか息子が楽しくサッカーができたらいいな✨と自分を奮い立たせながら頑張っていた時期であり、何より息子がサッカーをしている姿を見るのがその頃の生きがいでもありました☺️


あの頃は精神的にも病んだり、スポ少に関わるのにも気合いを入れたりと辛い日々が沢山ありましたが、今となってはその辛い日々はいい思い出となり、息子の頑張ってた姿、あの時の感動を思い出したりして、私もまだまだ頑張れる💪と少し前向きな気持ちが復活してきました😊


最近、浜崎あゆみの「mimosa」がお気に入りで、心に刺さった歌なのですが、特に


大人になったからって

全てがうまくいく訳じゃないと知れたから

歩いてるんだろう


傷は時間と共に癒えるんじゃなくて

笑顔をどれだけ上書き出来るかじゃないかな


その為に今日も諦めずに生きてんじゃないかな


の歌詞がグサグサ刺さって、辛かった日々を今はいい思い出だと思えるようになったのは、傷が癒えたんじゃなくて、笑顔で過ごした日々も過ごしてきたから、いい思い出に上書きされたのかなーって自分に当てはまって感動しました✨


辛い事、悲しい事はリセットできないし、今も体調次第で病む時はいっぱいあるけど、笑って過ごす事が増えたら、また今のお年頃な48歳もいい思い出として上書きしていきたいなー😊



「続・続・最後から2番目の恋」も歳を取るのは嫌な事だけではないなあと勇気をもらえるドラマで、歳を重ねたキョンキョンはずっと可愛いし、高校の頃の憧れの内田有紀に関しては、ほんと変わらないなあとビックリしちゃいます😳


私も諦めずにお年頃を生きていくぞー!!