せっかくお仕事のことについて書き始めたとこですが、
印象的な出来事があったので、まずはそちらから。
昨日、訪問看護の日でした。
もうお風呂も1人で入れるようになったし、おむつも外れたので、
血圧や心拍数などを測ってもらうだけで終わりました。
その間わずか5分くらいだったので、
看護士さんが「せっかくなので」といくつか質問してくれたのです。
大きくは、このまま治って行くのが一番いいし、僕らもそう思っている。
けど悪くなってしまった場合、どういうことをして欲しいのか共有しておきたい。
とのことでした。
以下やりとり。
看「これ以上悪くなってしまった場合、入院という選択肢はありますか」
僕「よほどのことがない限り、例えば明日にでも倒れて、意識もなくなって言葉も発せられないという状況にならない限り、
検査と入院は考えていません」
看「では検査をしなかった場合、具体的に考えていることはありますか?」
僕「例えば、今検査と入院をすれば、ほぼ100%治るということであれば、考え直すかも知れません。例えば残りの寿命があと30年だった
とした場合、検査して悪いところを潰していけば29年半を生きていられることを保証します、と言われるのなら検査も手術も入院も するかもしれません。けど、まあそんなことはあり得ない話で、もしかしたら29年半の間に、術後の経過がよくなくてぽっくり逝く
かもしれないし、事故で死んでしまうかもしれない。ならばこのままの状態で、ご機嫌さんに生きてそして死んでいければいいのかな
と思います。もし、来年いよいよ悪くなって、今検査をしないと持って5年、ただじっくりと良い方向に向かえればあと10年は大丈夫。
ということになった場合は、断固、検査と入院はしないです。僕にとってそこの5年は大きな意味を持たない。ならば今日も
おいしいお酒を飲んで、明日もそして明後日もという方向にベクトルが向けば、僕も割り切って生きて死ぬことができますから」
看「どうしてそこまでこだわるのでしよう?」
僕「せっかく皆さんのおかげでここまで回復することができたからです。髪の毛をちょっといじってみようとか、新しい服が欲しいなとか、
もっともっと新しい仕事をしてみたいとか。治癒力が高いとかではなく、今の成功体験を信じているので、今よりも明日、明日より明後日
みたいな欲が出てきているうちは、肝臓は悪いとしても気持ちの昂りの方が上回っていると実感しているということでしょうか」
看「では延命についてはどう思っていますか?」
僕「どのような状態になっても、絶対に延命措置は取らないでください。そして最期はオヤジの仏壇の前で死なせてください」
看「生きているうちにやり遂げたいことや、これだけは譲れないということはありますか?」
僕「そんなに多くのことは望んでないです。死ぬまでお酒は飲みたい。どんだけ悪くなっても口移しでいいから飲んでいたい。
後はタバコも仕事も同様です。意識がなくなるまでは続けたいことです。何より、スミヨとちょっとでも長く一緒に笑って
おいしいものを食べて、いろんなところに行ってみたい。矛盾しているようですが、これも本心です。そんなに先のことを考えている暇
はなくって、まず今日が幸せならそれでいい。とにかく、悔いの残る時間を過ごすなら、僕らにとってそれが一番いいことです」
と、いうような会話です。
そのことを共有しておきたかった、と看護士さんは言ってくれました。
患者思いの素晴らしい方だと思います。
「僕たち訪問をメインにする仕事は、何よりご本人の意思を尊重したい」
その言葉が何より嬉しかったし、この道を選んで良かったとも思えました。
ま、読んで下さっていり皆さまにはあまり関係のない話ではありますが、
備忘録的に残しておきます。
今年の夏こそ海に行きたいなー。
後何年できるか分からんけど。
またみんなでこんな時間が過ごせますように!



