さて、高槻に来て3年ほど経ったころ、

ちょっと仰々しいですが「高槻のためになんかしよう」と思うようになってきました。

その少し前から、「たかつきバル(街の食べ・飲み歩き)」の実行委員として、運営に携わってきたりとか

「高槻アート博覧会」などのパンフレットやポスターのデザインをお手伝いしてきたこともあり、

ボク的に、街との距離感が縮まっているのを実感できたというのも大きな理由です。

 

もうひとつ。

その頃新しい彼女ができまして、趣味や考え方の思考が似ていたこともあり

話しているうちに「なんか高槻の本を作ろう!」と盛り上がったことが、僕の背中を押してくれてような気がします。

 

半年くらいかけて、Kちゃん(彼女)と内容の骨格を作り、

まずは印刷費をペイできるように、協賛のお願いにあちこち回らせてもらいました。

たくさんの方々にご協力いただき、何とかコストの見通しが立ちまして

いよいよ制作へ。

なのですが、ボクもKちゃんも仕事がある身でしたので、取材が完了するまでに半年くらいかかりました。

 

ま、それにしても。

ボクのことを知っている人はよーくご存知でしょうが、

常にボクの原動力になっているのは「女性」の存在です。

好きな人にカッコイイと思ってもらいたい、常に側にいて思いを共有したいということが

お金よりも身体のことよりも、何より大切でした。

だから、あの頃のボクは「本を作る」ことに託けて、Kちゃんと会うことの方が大事な時間だったように思います。

しかも20歳も年下だったから余計に、かもしれません。

 

で、出来上がったのがこちらの本です。

 

 

 

五六九。

 

高槻の郵便番号です。

取材も原稿書きもKちゃんと共同で。

そして表紙のイラストもKちゃんに描いてもらいました。

 

で、これが進行前のラフ。

思った以上にピタリとハマり、我ながら上出来!

 

 

前の会社を辞めることになった時

徳島で大変お世話になったクライアントから

「いいか、平井くん。この10年のうちに結果を出せ。自分名義の本を作ってみなさい」

と言われていたのが、ボクの心の隅にずっとあって、

ようやくこれで念願が叶ったなあと思ったのを覚えています。

 

残念ながら、この後Kちゃんとはお別れしてしまいましたが、

今でも連絡を取りあえる友人として、支えてもらっています。

 

そしてこの本の出版をきっかけに

高槻でのお仕事も飛躍的に増えていったのです。