岡山も越中と同じく一宮が多いエリア。
何故多いのかを調べてみました。
当時の岡山(吉備国)は大和朝廷にも匹敵する大きな力を持っていたため7世紀末に備前・備中・備後と3つに分けられ
8世紀になり更に備前を美作と分割したため一宮が4つあるという状態になったそうです。
まず最初に参拝したのは一番最後に分かれてできた
美作(津山)一宮 中山神社。
こちらの鳥居は木鼻がないという全国でも珍しい鳥居になります。
こちらの椋木は銘木百選に選ばれています。
おや、牛さん。
ということは天満宮系??と思いましたが
当時牛や馬は人間の重要なパートナだったということで
牛や馬の病気を直す神様の信仰がある神社なのだそうです。
ふと見上げてみると、あれ?
菊の御紋がついてる。
天皇家由来の神社?と思って調べてみました。
中山神社は、鎌倉時代の元寇(文永の役・弘安の役)などの国家の重大な危機に際して、当時の天皇の命令(勅命)により国家安泰の祈祷を行う「全国7ヶ国の一宮」の1社に選ばれたそうで
朝廷や天皇から直接頼りにされるほどの極めて高い格式(名神大社・正一位)を持っていたため、
皇室ゆかりの紋章である菊の御紋を使用することが許されていたのだそうです。
裏には今昔物語に出てくる猿神伝説の猿神社がありましたが
行くのは控えました。
ん?神々のふるさと??とポスターをよく見ると
何故か伊弉諾神宮の神楽のお知らせでした。
・・・なぜ?😅






