「いつか」は来ない | スピリチュアルウォーキング~ココロとカラダのダイエット~

スピリチュアルウォーキング~ココロとカラダのダイエット~

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スマホを操作する女性の手
毎朝やり取りする家族ラインに
母からの近況連絡。
 
父は昨年末に脳出血で3度目の入院、手術をしました。
その後栄養が吸収できなていことが分かり延命処置のための手術。
 
その後少しずつ安定してきたのかなと思っていたが
ある日母が病院に行くと
父が熱を出していたらしい。
 
膀胱炎なのか腎盂炎なのか?
検査で原因を調べますとのこと。
 
ここ数年体力も落ちてきた父は熱を出すことも増えたが
今は一般の介護施設から病院併設の施設→病院に移動したという事や
 
母が透析を受けているという事もあり
病院の先生方の手厚い看護の元
熱を出したといっても安心できる環境で過ごさせてもらっていた。
 
「心配だねぇ。
でも先生方が近くにいらっしゃるからすぐに処置してもらえるから安心だね」
 
「そうだね、お母さん一人の時に熱を出してたら
正しい状況把握もできないし
お母さんの體(カラダ)の事もあるから大変だけど、
本当にありがたいね。」
 
そんなやりとりを家族ラインでよくしていた。
 
 
今回はちょっと様子が違う。
 
「父さん年末も熱出してたよね。
すぐに処置してもらえてよかった💦

1人部屋になったの?」


「3人部屋は変わらない。
ナースステーションにより近いところでした。」
 
 
 
え・・・?
それって、大丈夫なん・・・?
 
 
 
いやな胸騒ぎ。
 
 
早く落ち着いてくれることを祈りつつ
朝の連絡は終わり日常に戻った。
 
 
翌日、いつもの朝の挨拶LINE。
 
母が透析に行った後、病院の緊急連絡先になっていた姉のところに
「すぐに来れますか?」と連絡が入った。
 
 
セッションをしていたら姉からの電話。
 
いきなり電話をかけてくることはほとんどない姉が
LINEではなく電話という事は何かがあったに違いない。
 
と言ってもセッション中。
取るわけにはいかない。
 
その後何回かに分けてLINEが入ってきた。
「病院から電話があった」

「昨日まで熱があって、今は下がったけど、下顎呼吸になって呼吸不全らしい」

「先生の経験上そういう状態になると2日くらいって言われた」
 
「とりあえず、向かう。りえも来れそうならおいで」
 
 
「母さんもまだ知らないから13時過ぎ(透析終わり)に連絡してみる」
 
 
大慌てで実家に帰る準備と数日間の仕事のキャンセルのお願いの連絡。
 
帰る準備の時に喪服を持って行くべきかと手が止まる。
 
 
持って行きたくない・・・
 
でも・・・
 
必要になるかもしれない・・・。
 
 
必要になると思うと必要な事態を引き寄せそうでイヤだな。
不要と信じて持って行かないことを選択する!?
いや、3次元的にそれはどうなん!?
 
ぐるぐる頭の中を駆け巡らせながら
いろいろな方に事情を説明し
 
「使わないけどね」
 
と喪服に宣言しながらキャリーケースに荷物を入れる。
 
 
近くに住んでる姪っ子と甥っ子をピックアップして
父の元へと車を走らせた。
 
病院に行くまでに姉とやり取り。
 
面会時間も過ぎ、容態も落ち着いてきたので姉夫婦も実家に戻ることにすると聞いて一安心。
 
病院でなく実家へ向えることに感謝。

 

病室505号室 香月様札

 

翌日、病院に行くといろいろな管で繋がれている父と対面した。
 
苦しそうな息をしていたが
それでも昨日よりも安定してるらしい。
 
緊急事態という事で
病院も面会時間外でも立ち会わせてくれた。
ありがたい。
 
母に姉家族、そして私達と
全員が病室に集合しているとかなりの圧がある😂
 
 
ご配慮で個室にしてはくださったものの
治療の邪魔になってはいけないので、少人数でローテーションで父の側にいて、何かあればすぐに連絡ができるようにした。
 

 

窓辺に置かれた折り鶴と夕日
 
ヒーリングを始めると
苦しそうな顎でしていた呼吸が穏やかになってきた。
 
ヒーリングってすごいな。
 
西洋的な治療の手伝いは何もできないけど
側にいて、こうしてエネルギーを入れながら父の回復を祈ることはできる。
 
何かできる手段を持っているという事は
側にいる人間としても
「力になれる」という想いが、不安ではなくきちんと自分のメンタルを立ててくれる。

 

医療用モニター、患者のバイタルサイン表示

 

 

面会時間が終わる頃に看護師さんの回診。

かなり安心できる状況まで落ち着いてきたので帰ることにした。

 

帰りかけに 写真!という言葉が頭の中をよぎった。

 

ここ数年両親と私達に姉夫婦

それぞれがバラバラに暮らしているから

家族全員集合ってめっちゃ貴重!

 

とは思ったものの

病院側がいろいろ配慮してくださっていた中で

 

帰ろうとしていた家族をまた引き留めて

皆で写真を撮ろう!とは 

病院側の迷惑を考えると言い出せず言葉を飲んだ。

 

 

それが最後の生きていた父の姿になると分かっていれば

迷惑とかなんとか考えず

皆を呼び戻して写真を撮ったのに・・・

 

 

また次に来た時でいっか。

 

そう思ってしまった・・・。


 

 

その後母からの話で父は順調に回復したと聞いてすっかり安心しきっていたところに夜中に突然の訃報。

 

いつか

またの機会に

 

あまり深く考えず日常的に使う言葉たち。

 

でも

その言葉は

 

「今」を曖昧にさせる悪魔の言葉かもしれない。

 

 

夕焼け空に浮かぶ幻想的な雲

 

 

 

いつか

 

は、未来が確実に訪れることが前提だけど

確実な未来なんてこの世にはどこにもない。

 

またの機会 は 来ないと思っておいた方がいい。

 

また・・・というのであれば

今、その日程を決めて確実にする。

 

でも仮に決めたとしても

その時に命があるという保証はない。

 

人生は「今」の連続であり

決断の連続。

 

後悔を残さない未来のために

いつ天に還る時がきても後悔しないように

悔いのない人生を生きよう。

 

 

折り鶴と医療機器