今から15年ほど前だろうか、夢枕獏先生の陰陽師が流行り、漫画化や映画化もされた頃、
母が着付け教室に通っており、平安時代に興味をもっていた。
学生時代に日本史が苦手だった私は全く興味がなく、今更歴史を勉強している母を傍観していた。

ある日母が
「晴明神社に行きたい」と言い出し、
興味のなかった私は勝手にすればいいのにと思い、
母を1人で神社に行かせた。
安倍晴明公 没後1000年記念の頃である。
安倍文殊院と大阪の安倍晴明神社のスタンプラリーがあったらしい。

その頃私は音楽で仕事をしていて、結構忙しくしていたので、母の趣味には全く口も出さなかった。
宗教にも神社仏閣にも興味はなく、美術は好きだったので、みうらじゅんの仏像番組をテレビで観る程度。

それに反して、神社から帰ってきた母は一層、陰陽師について調べはじめ、陰陽五行についての本や占いの本があっという間に増えた。
中学生の頃に西洋占星術にハマっていた私は、懐かしくなるも、陰陽師の占術は東洋のものなのでサッパリわからない。
だが、暦と関係があったり、中国から伝来していると聞きとても神秘的な感じがして、私も陰陽師にのめり込むようになった。

1年くらいすると、気がつけば母は古事記の勉強もし始めていて、家には神道の本が増えてきていた。
子どもの頃、ヤマタノオロチやいなばの白兎が好きだった私は母と一緒に神社参拝の作法や神道についても勉強するようになった。

それからしばらくして、

「大阪の晴明神社で夏祭りやってるんやけど」

母からそんな誘いがあり、私はついて行く事にした。

普通に縁日をやっており、隣の王子神社も相まって、まあまあの規模のお祭りだった。

神社に入り、参拝をするのに、住所と名前言わなきゃいかんのよなと思い心の中で伝えると、

「これから長い付き合いになるからよろしく頼むぞよ」

まさかの声が聞こえたのである。

もともと霊感はある方で、幽霊が見えたり、変な声が聞こえたりした事はあったが、神様の声なんて聞いた事もなかった。
私は神様によろしくされるなんて縁起が良いと思い素直に受け入れる事にした。

これが私と安倍晴明さんとの出会いである。