自分は意外と努力家なんだな、と思うことがあります。
まあ、こっそり思うんですが。
周囲の人間は私を努力家なんて思ってないんだろうなあ、と感じることが多いし。
いや、そうではないんですよ。
あるときに何かをできるようになろうと決めて、努力しただけです。
例えば笑顔。
これは20くらいの時に鏡で毎日練習しました。
口角を上げてにっこりする。最初はぎこちなくても、やっているうちに自然になります。
例えば歌。
これは15くらいの時にソルフェージュで音階を正確に歌えるように矯正しました。
歌を歌うのではなく、正確に音を出す訓練を行ったんです。
いや、歌手になろうと思ったわけではないけれど、歌ぐらいきちんと歌えた方が
いいだろうと思ったんです。
それから、私は「話術」を持っていると言われることがあります。
才能ですね、と言われることがあります。
特に初対面の人に。
いや、それは違うんですよ、全然。
10歳くらいの頃に、「話術を磨こう」と考えたんです。
人前で、人の意識を惹きつけ続けながら話ができるようにしよう、って。
それから、自分は「空気が読めない」ので、
できるかぎり相手の反応を見るようになり、
その反応によって、話の流れをいろいろ変化させるように努力したんです。
(だから、一言二言だと、よく外します。
なんか面白いことを言おうとしてしまうからなんですが・・・。)
才能があるかどうかなんて、やってみないとわからない。
実はかなり努力してみないとわからないことも多いです。
まあ、どちらかと言えば、笑顔は嫌いだったし、歌は音痴だったし、
人前で話すことは大の苦手でした。
でも、「苦手だから才能がない」わけではない。
「苦手だからちゃんとやってない」だけだったりする。
「苦手だけど努力したら実は才能があった」なんてことも多い。
「実は才能があるから苦手だった」なんてこともある。
要は何がいいたいかっていうと、
やりたいことはやってみてください。
ということです。
もう○○才だから、は、止めましょう。
90まで生きるとして、あと何年あるんですか?
(90まで生きるんかい?!)
男だから、女だからとか、今はとっくにない。
(法律的にも外形的にも、性転換だってできる!)
お金がないから? 時間がないから?
言い訳ですね。
お金と時間の問題は、要するに「気の持ちよう」です。
人生は思ったよりは長いですが、一日は短い。
そして、今のところ(?)一度きりです。
ところで私には文才はありません。
いや、実はずっとあると思っていたんですが(自分でも)
つまり、幼い頃からいろんな「佳い」本を読んでいただけです。
そして人よりは書いていた。
そのどちらも「過去の遺産」になりつつあります。
珍しく謙虚な気持ちで、新たに「書くこと」に向き合おうと思っています。
(秋になったらね
)
ええ、実は努力家なので。
