満月にはシャンパンを飲むとよいらしいです。
「藁をも掴む」私が、この夏に実践していることのひとつに、月の満ち欠けとともに、女性としての魅力を伸ばそう、的なモノがありまして、まあ、かなり適当に、気に入ったものだけ実践しているのですが・・・たとえば、箱根の温泉にひとりで三泊してきました。
まあ、ずっと行こうと思っていた宿なんですけれど。
というわけで、今日は、シャンパンを飲んでいます。ひとりで、自宅で。
月の差し込むテラスで、素敵な殿方と一緒だったら、よいのでしょうね。
でも、どうも今夜は、量子論を熱く語ってしまいそうで、恋には向きませんw
ヒッグス粒子が見つかったのですね。
ビッグバンのすぐ後で、宇宙空間は無ではなく、神の愛ともいうべきヒッグス粒子で満たされ、だからこそ、銀河が、私たちが、存在できるようなった。
素敵ですねえ。ロマンティックです。
物理学の話などを読んでいると、実はこの世界は曖昧で、いろいろはっきりしていなくて、私たちは何もまだまだ知らないことが多いことを思い知らされます。
何も決まってなどいないし、何もわかってなどいない。
なのに、どうして、何もかも決まりきって、何もかもわかりきっているように、人に押し付ける人間がたくさんいるのだろう。
わたしたちはみんな、シュレーディンガーの猫のようなものなのに。
存在しているか、存在していないかすらわからない、
あ、これって、ハムレットの一節ですね。
To be or not to be, that is the problem.
意訳で有名な「生きるか、死ぬか、それが問題だ」
こんな新訳もあります。「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」
いえ、そうじゃない。
シェークスピアは本能的に知っていたのかもしれません。
存在の量子論的な不確定性を。
「存在しているのか、存在していないのか、そのことすらわかっていない」
そんな不確かな自分が、父親の敵討ちをして、誰かの存在を止めることが妥当なのだろうか?
ハムレットの苦悩の本質は、そこにあったのではないでしょうか?
英文のままの意味です。明快です。
ああ、今私は17の頃から抱えてきた疑問にやっと答えが見えてホッとしています。
ヒッグス粒子の発見報告のある満月の晩には、いろんな気づきがあるものです。
私たちを取り巻く世界は、不確かで、不安定で、曖昧だということ。
私は、あるいは「恋」だけが、唯一リアルな価値を持つと信じたのかもしれません。