2015年10月、何かおかしいと思い始め.
2016年5月、1つ目の病院で認知症ではないと言われた。
初めて病院に連れて行った数日後、母と共に、母方の祖父母のところへ行くことにした。
車で片道4時間ほど、1週間弱の滞在予定だったと思う。
1日目か2日目だったと思う。
私は高熱を出し、関節の痛みに夜中寝られなかった。
そんな私に母は「嘘ついてるんでしょ」と私を非難した。
翌日は母とリゾートホテルに泊まる予定だったから、行けなくなることへの非難が一番だった。
申し訳ないけど、無理だ。
母が結構な大騒ぎで父に電話し、父が往復8時間の道のりを迎えに来てくれた。
母はずっと「リゾートホテルに泊まること」しか頭になくて、それ以外のことは受け入れられないようだった。
これも病気が原因だったんだと思う。
もう私も大人だし、こんな時に体調崩す自分も情けないけど、しんどい時に心配されることもなく非難され続けるのは心にきた
笑
その後すぐに私は実家を出て、新幹線の距離に引っ越した。
母の普段の状況を特に気にすることもなく、
時々兄や義姉からの連絡や
時々実家に帰って母に会うくらいだった。
いつからか、会話の中の簡単な単語を「知らない」と言うようになった。
大根って何?
ビニールって何?
難しい単語じゃない。
日常生活で使うような知らない訳もない単語ばかりだった。
嘘だと思ってた。
私たちの気を引こうと「知らない」と言ってとぼけてるだけだと思ってた。
毎回毎回鬱陶しいなぁ。そう思っていた。
おかしいと決定的だったのは、それから1年後の2017年6月、7月。
父方の祖父のお葬式でだった。
明らかに言動がおかしい。
場にそぐわない。
お客様がいらっしゃるのに大声で歌う、
親戚が大勢の中で、その場にそぐわないプライベートな話をする。
娘の私に倫理観の欠如した話をする。写真や動画を見せる。
あたまおかしい、と思った。
認知症かどうかはともかく、この人精神的におかしいと思った。
その頃、前頭側頭型認知症なんて病気の存在を知らなかったから、精神的な疾患だと思っていた。
父と離婚して家を出ていってほしいと思っていた。
この人の介護なんてしたくないし、縁を切りたいレベルで嫌だった。
人間としておかしいと思っていた。
言葉が出てこないことが多いし、
とりあえずもう一度認知症の病院に連れて行こうと思い立った。
アルツハイマーだと思っていた。
兄とメールのやりとりをしながら病院を決めた。
少し遠いけれど、家から車で一時間ほどのクリニック。
・認知症関連の論文や本を書いている
・テレビに出たりと有名
・MRIがある
・ネットの評判も悪くない
ことが決め手だった。
私が連れて行くことにしたが、転職したばかりで有給もなく、土曜日しか連れて行けなかった。
人気の病院で、土曜日の初診予約は3ヶ月後しか取れなかった。
電話予約のときに簡単に状況と、病院に行くことを本人に伝えたかと聞かれた。
絶対拒否られるから、母には内緒にしていた。
ご本人様に伝えられないのであれば、「健康診断」だと言って連れてきて頂いても結構ですよ、と言っていただいた。
予約した後、ちょうどテレビの認知症特集でそのクリニックが取り上げられていて、医師や診察室の状況などが確認できて、優しそうな医師ですこし安心した。
3ヶ月後の予約まで、待ちわびる日々。