
『女工哀歌』という中国映画を観る機会があった。
かなり昔に、テレビで『女工哀史』を観たが、年齢が低すぎて何がなんだかわからず、「かわいそう、悲惨」という単純な感想しかなかった。
相当に暑い紡績工場に数百人くらい詰め込まれて、倒れるまで働かされる女工や、雪深い野麦峠を着の身着の儘逃げようとしている女工の場面が記憶にあるが、もしかすると幼い私が勝手に作ったイメージかもしれない。
『女工哀歌』は言わばその中国版。
何がなんでも儲けてやろうと目がぎらつく経営者と、使い捨てとわかっていても働かざるを得ない労働者の図式。
労働者には人権も何もない。
発展途上においては、どの国も通過せねばならない過程なのか。
この連鎖が終わったとき、世界はどこに労働力を求めるのだろう。
こういうドキュメンタリータッチな映画は大きな館でやらないことが多い。
この映画も渋谷の小さな単館だった。へぇ、こんなところに映画館が、というような場所にあったりする。
何度行っても渋谷の地理は難しい。
方向感0。すでに自分がわかろうとすることを放棄しているとも言える。
しかも坂が多くて息があがる。迷うと大変だ。
地図を持って、かつ充分余裕を持って出たのに、到着はぎりぎりになってしまった。今回も「へぇ、こんなところに映画館が…」だった。
渋谷の地理がわかるようになるにはどうすればよいか?
一番手っとり早いのは住むことだろう。
「引っ越し?事務所も移転してしまう?」
汗だくで本編上映前の宣伝を観ながらそのような考えが浮かぶ。
映画を観て、そのような安易な考えは戒めらたが。
写真は映画後のちらし。
映画の主人公と重ね、こんな高いもの食べていいのかと思ったりもしたが、このような考えはおよそ負にしか働かないので振り切る。
自分は今の日本の環境で生きていかねばならないので。
大変美味しゅうございました。
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