ものには過程というものがある
始めから完成されたものを
腕に抱こうとすると
失敗を拾ってしまう
少しづづ変わりつつあるもの
それが
感動を呼ぶし、
美しくも見える
By 飛鳥 涼
25年ぐらいに出逢った言葉です。
当時も今も変わらなく
大切にしてる言葉です。
数字の世界に入って、
20年ぐらい経ちました。
この過程と言うものに、
しっかり、
瞳を向けたいと思う。
もちろん、
結果主義の方もいると思う。
当然、
結果が伴わなくては、
経営も成り立たない。
しかし、
あえて、
この過程に瞳を向けたいと
思ってしまう。
ある意味、
そっちの方が感動と言う言葉が
あてはまるような気がするからです。
人間の成長もそうじゃないのかなぁ。
私は、子供の成長もやはり、そう思う。
早い、遅い、
出来る、出来ないは
個人差はある。
しかし、
成長していくなかで、
話しだしたり、
歩きだしたり、
気がつかない所で
出来るようになってたりしてたら、
感動してしまう。
大人になる過程の中で。
従業員にもやはり、
そこに感動してきたし、
今もしている。
単純な事だけど、
毎朝、一番に来る社員がいる。
毎日、毎日、
そして、
一番遅く来る社員がいる。
普通なら、一番に来てる奴が偉いよなぁ
毎日一番に来て、
遅い奴に向かって、
お前もこいつを見習って少しでも早く来いと叱られる。
しかし、
果たしてそれはどうかなぁって考える。
結果だけを見れば、
一番とビリ、
しかし、
一番の人は10分で来れるところ、
ビリの人は一時間かかる所から来てる。
どっちが偉いか。
過程を考えればわかる。
(だからといってビリがいいっていう訳じゃないよ)
ビリの人は、一番の人より、早く家を出ている。
そして、
長い道程をへて、辿り着く。
当然、一番の人より疲れてる。
仕事は家を出た時から、家に帰り着くまでが仕事。
だから、どちらかを誉める、
叱る前に
何時に起きた?
何時に家を出た?
と尋ねるようにしている。
過程に瞳を向けると、
安易に一番だけがいいって
もんじゃない。
結果重視してしまうと、そこが見えないまま、終わってしまう。
誉めるのは、
やはり、
過程がどうだったかにこだわりたい。
だから、
見た目だけではわからないのよ、
人それぞれ歩幅が違うから、
過程に瞳を向けると、
人の努力が見えるよね。
だからね、
ゆっくりでいいのよ、
少しづつ、少しづつ変わっ
ていけば、
見てる人はそこに感動する
んやから。