引き続きハマってますジグザグ。


新譜ハキュナマタタからコノハとGuruの歌詞の考察までいかない二、三。

ここ数日ツイッターにだらり垂れ流したのですが、いずれツイートが消えてしまうのもなぁと加筆しつつまとめてみます。

解釈というか言葉と文法から見る作詞家心理の推察。

※あくまで一解釈※


ていうか前作(真天地)と言葉の取り方が全然違う。

学生なら代行業者疑うレベル。笑


初っ端から飛ばしましたがそんな感想。笑

ファン歴半年なんで全部が全部なんて語れたもんじゃないから、とりあえず真天地〜Requiem〜ハキュナマタタについて書いてゆけたら。


⚪︎コノハ

って書いたけど、原曲も聴きましてこれは木の葉、過去へのアンサーソングのようだなぁと。

自分だけじゃなく元メンバーや恋人。

離れていった人へも。




この曲は単語の飛ばし方が上手くて綺麗。

彩られた眼(レンズ)目をこらす虹彩(め)この眼(め)

光の表現もスーっとスジ状の光から最後は燦然と輝く光へ。


意識的なのか、無意識なのかは分からないけど、さくらさくらと比較的が映えますね。

イントロもピアノだし。



今までの歌詞みていくと「枯れる」「朽ちる」概念は思いの外強く作詞家のなかにありそう木の葉に憧れるの渋いなぁなんて書いたけど、前世の時から「コノハ」は「木の葉」だったわけで。

枯れずに朽ちずに音楽やってきてくれたことを考えるとさらにコノハが沁みます。

ありがたや🙏


⚪︎Guru

軌道マヌーバ宇宙船の軌道を変えるために推進システムを使用すること(wiki抜粋)


その音楽と同じ時代を生きること、同時代性を強く感じる一曲。

鼻がやられたようだ=コロナ と即座に連想できるほど擦り込まれているんだな…と。


⚪︎ハキュナマタタ冒頭三曲のハナシ


まずは真天地の歌詞をちょっと振り返ってみましょう。

真天地は勧誘と同意、確認が多かった。

ツイにあげられなかった例として「秘密の恋を始めよう」「泣かないでね」なんかもある。
(話がそれますが、わたくし真天地信者です😇)
勧誘も同意も相手がいて成立するもの。
真天地はそういう曲が多かった。

そして、過渡期にあるRequiem。

Requiemは「貴方」がいて、「甘えているんだ」、復讐は正義にも出てくる「いますか?」の投げかけながらも、自分の心情、願いを強く歌っている。


真天地までは比較的、平易な言葉で分かりやすい詞を書く人だなぁと思って聴いていたわけですが、今作は言葉の飛ばし方(リンク)が捻りを生んでいる。

本人も歌詞にそんなこだわりないみたいなことをインタビューで言ってけど、コロナ禍の爆売れ例って後にも先にもきっとないし、実感があるようなないような地に足がつかないかんじなのでしょう、そうしたモヤっとしたものが捻りになり、

相手ありきの曲から、混沌とした自身の内、心情整理に転じている。

本人の中で心情整理と、もう一つ、強いカタカナブームがありそう。

テラリウム、マヌーバー等デヴィッドボウイじゃないけど。笑

ラジオでも言われてたけど、今作が男ぽく感じるのはサウンドだけじゃなくて、自分自身の内なるものをメインに歌っているところにもありそう。


Requiemには綺麗な過渡が見え、コノハとGuruの内なる世界へ、そんな三曲。

救い救い歌う命様にも救いがあるといいなと思います。


お粗末。