日本人は誠実で勤勉とよく言われている。果たしてそうだろうか。はなはだ疑問でもある。日本は島国で農耕民族だから、生産に精を出し種の保存に励んできた。しかし、限られた人数すべてが穀物を製造するうちに生産量が増え、何人かが生産につかなくても食べていけるようになると、農耕以外に働く場を見つけなくてはならない。それが政治家であり、医者であり教師などである。一つの社会が形成されていくのである。他の社会との交渉事をする人、病にかかった人を救う人、学問を教える人などがでてくるのである。さらに生産率が上がれば、農耕に携わる人数は不必要になる。そして人々の争い事を諌める裁判官。穀物以外の食物を生産する人、さかなや動物を獲得するため狩猟をする人など、それぞれの役割分担が決まっていく。報酬は生産された穀物で、最初は公平に分配されていたが、そのうち生産量や、働きの度合いによって差をつけるようになる。ルールを決めて守ることが義務付けられるが、なかには守らない人も現れる。人と人との争い事を諌める裁判官では手に負えなくなって、些細な争いは警察官を創ってそちらにまかせる。仕事の細分化である。


日本という国は、世界各国に比して治安も良く知的水準も高いがどこかおかしい。そう感じるのは私だけだろうか。イヤ、大多数の人が感じているハズだ。所得格差や雇用不安はいつの時代でもある。それに不満をぶつけるのは結構だが、自分の足りなさを棚に上げて、社会が悪いだの政治が遅れていると他人の責任にするのは少し間違っているのではないか。損得だけで目先のことを考えていても埒があかないはずである。逆境に耐える根性を身につけるべきだ。逆境を将来の糧としてプラス思考で進まなければ、前へ進めない。困難を克服する方法を自分で見つけて乗り越えれば、こんな楽しいことはない。