
コウノトリ、役立たずとカエルの教訓
昨今は世界の歴史の中で最も興味深い時期です。私が行くところどこででも、人々は権力者に騙され、権利を侵され、こき使われていると感じているのです。このことは、私にジャッキー・メイソンの話を思い起こさせます。「私の祖母はいつもこう言っていました。『お金に気を取られるんじゃないのよ。健康に気をつけてね。』それで、ある日私が自分の健康状態について考えていたら、誰かにお金を盗まれました。それは私の祖父でした。」私は世界中が今にも沸騰しそうな状態にあるように感じられるのです。一体、いつ沸騰してしまうのかと思うのです。
次のように申し上げても宜しいでしょうか。多くの権威者たちは、自分が第一、社会は二の次になっているのです。このような状態のとき、個人の品格や奉仕精神は、勝つことと支配することに取って代わられているのです。フルトン・シーン司教はこう言っています。「どうやって服従するかを学んでいない人が命令を下す権利を与えられた時、常に文明社会は危機に直面してきている。」言い換えるなら、もしあなたが小さな事を大きく感じられるなら、大きな事に対して、あなた自身が小さすぎるということを示していることなのです。スティーブン・ベントウラはこう言っていました。「リーダーシップと同じことを意味するコンセプトがあるとしたら、それは責任である。」
もちろん、多数決というのは自分達が投票する、票を獲る、或いは耳を傾けるリーダーを得ることに至ります。しかし、人気のあるリーダーが約束をするまでに長い時間を要し実行するまでには短時間であるということについて、スチーブ・アドラーはこう言っています。「自分の原理原則に従って生きるよりは、それと戦う方が簡単なのだ。」あなたが宙に浮かんでハープを奏でていれば、天使だなどということでは無いだけでは有りません。ストレスが凌駕し、結果は時として大変厳しいのです。
イソップ童話には王を欲しいと思ったカエルの話があります。彼らは木星に王になって欲しいとせがみ、ついには池に木を投げ込んでしまいます。しばらくの間、カエルたちは新しいリーダーに満足したのです。
しかし、すぐにカエルたちは新しいリーダーの上を飛び越えたり、飛び乗ったり、その上を走り抜けたりできることに気づくのです。木星は決して水面を動き回ったりはしませんでした。この経験により、「強いリーダーシップ」が欲しいと心から切に思っていたカエルたちは、ついにイライラを爆発させるのです。
そこでカエルたちは木星のところにやってきて、怠け者のリーダーに文句を言い、もっと色々と管理監督を強くやってほしいと言い出しました。木星はうるさいカエルたちにうんざりし、カエルのグループの上の方に高く立っていたコウノトリを与えることにしました。彼は確かにリーダーの風格がありました。カエルたちは新しい状況にとても喜びました。彼らのリーダーは威風堂々と池の周りを良く通る鳴き声とともに歩き回り、とても良い風貌で目立ちました。しかし彼らの喜びは、コウノトリがその家来たちを食べ始めた時、一転してパニックになり悲しみになりました。
さあカエルさんたち、怠慢な木星とコウノトリの間を行ったり来たりするのはやめませんか?さあカエルさんたち、聖書は本当のリーダーとはどんなものかを伝えています。「異邦人の王たちは人々を支配し、また人々の上に権威を持つ者は守護者と呼ばれています。だが、あなたがたは、それではいけません。あなたがたの間で一番偉い人は一番年の若い者のようになりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。」(ルカ22;25-26)
リーダーとは自分のために人を集めたりはしないのです。何かの意図や、自分の配下だとの目印や、電子メールなどをつけずに、人々を他に送り出すのがリーダーなのです。それには品格と仕える心が必要なのです。
他人の失敗から学びましょう。二匹目のネズミがチーズを手に入れるのです。
エド・デルフ/Ed Delph
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