いや、ド方向音痴の私は迷うんだけど、それでもヨーロッパは道に迷いにくい。
なぜなら、その住所のつけ方に大きな違いがある。
ヨーロッパの住所は、通りの名前+番号

番号の付け方には規則性がある。
一方日本の住所は、区画+番地

付近に同じ番地が集合することも多い。
では、ヨーロッパで道を聞いてみよう

「○○通りをまっすぐ行って、××通りを右に曲がると口口通りがあるよ。」
では、日本で道を聞いてみよう

「この通りをまっすぐ行くとパチンコ屋があるからそこを右、二つ目の信号を左に曲がったところよ。」
ヨーロッパが、通り名のみで説明できるのに対し、日本の目印は、郵便局やコンビニ、ガソリンスタンド、信号など、どこにでもあるようなもので、道がちょっと斜めに入っていたりすると右左だけではもうわかりにくい

一度間違えたときの進路修正も難しい

また、ヨーロッパ人が目印にするとき、それはその町の象徴とも言える教会や広場だ。
あるドイツ人は、日本で道を聞くと、必ず地図を描いてくれると感激していた


それはやはり、言葉で説明しにくいからだろう。
だけど、ヨーロッパ人のほうが明らかに地図が読めない人、書けない人が多かった。
それは、地図を見せて道を聞いたときの私の実感だ。
現在地を説明するのもヨーロッパでは簡単だ。
「○○通りと××通りの交差点。」
というふうに。
コレが日本だと。
「そこから何が見える?右手?左手?」
といったあいまいな位置からはじまる。
タクシーだって、ヨーロッパが住所のみでピタッと確実に止まるのに対し、日本では、このあたりがその住所なんですが。。なんて言われることが多い。
このような道の成り立ちは、歴史が大いに関係しているし、日本のほうが道が複雑なぶん自然なことだとわかっていても

私は、ド方向音痴で地図を読むのが苦手なぶん、ヨーロッパ観光では地図を見ずに歩く日がよくある

最後に現在地を目印に頼ることなく簡単に確認することができるからだ。
だって、通り名さえ索引から探し出せればいいのだから


そうやって、何の目的もなくただ、魅力的そうな道を選択しながら進んでいく街歩きはとても好きだ。
観光客でありながら、地元の町並みに溶け込んだような。
そこに住む人たちと同じ時間の流れを共有しているような。
そこでの発見は、私だけのもの



― よろしくおねがいします ―


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です。



」と言われていた。
とのこと。



なんてものあるし、ドイツ人、ボードゲーム系大好き



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