私もケチだが、息子は度を越えてケチ過ぎる。
百均で買った給食用ナフキン・・・・とりあえず、そこで揃えたのに
新しく買おうとすると、あるからいらないって云われる。
鉛筆も、それ以上削れません・・・っていうか、持てないじゃない!!っていうぐらい
小さな小さな鉛筆を「まだ使えるから」といって新しいのは使わない。
ボロボロになった給食袋も、ひとつあれば充分だって。
物を大切にする精神?
なんか微妙にやりすぎじゃん?
物事は、適度っていうのが最適なのよ!!
靴も穴が開いてから、靴が欲しいと要請する。
雨で濡れてから無理だと思うのはやめようよ・・・
お菓子を選ぶとき・・・・割引されてるものを得意そうに見つけて買う。
そこらへんの主婦より、細かいなぁー。
だから、今まで買って欲しいと駄々をこねたことが一度もない。
スーパーでよく見る泣いて転がる子を演じたことが息子にない。
ダメ!!と云われた物は、それ以上云ってこない。
おじいちゃんみたいな物分りの良さ・・・・あいつ、オヤジになったらどんな男になるんだろう。
え~っ!? なんか親心としては揺れるなぁ。ひぃ~親って複雑。
もっと、買って!!って・・・・・親と子の駆け引きを楽しみたいのに。
私のせいか? 私の背中がどんだけケチに見えたんだ?
私って・・・・・そんなにケチか。節約上手と云って欲しい。奥さんとしては最高でしょ?
奥さんにしたくなっちゃうでしょ?っていうか、今、プロポーズした?
あーごめん。売約済みなんだよねぇー(ただそれが云いたいだけ・・・)
若い頃の私は、流れに逆らうのが癖で。
知らない間に人と逆の方向を向いては、色んな反りが合わなかった。
ひとつひとつの出来事に、なぜ?どうして?なにが?と
疑問が湧いては、解決するまで私から離れなかった。
少しずつ大人になってしまう自分が偽者みたいな気もしてた。
だけど、今なら少し分かる。
出来事は、必要だから生まれるのだ。
必要だから、今、こういう状況であると。
超然として構えることが出来るようになった。
物事というのは自分の意とは関係なく起きるし、
そして、それは沢山の人たちによって流れが決まる。
何も出来ないのとは違うけれど、何も出来ないことが多い。
何かをしようと意気込むこともあるけれど、
必要なことが起きていると思うことは、心持がいいと思う。
何か辛いことが起きたときには、
今の私に必要なのだと思える心でありたい。


