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来週には久しい友人達に会う。八年来の友達。
私が我が儘で身勝手で、誰にも容赦なかった頃をたくさん遊んだ人達。
その中の1人が家出をしたときがあった。

まだ、同い年の19歳で大学生だった友人は父親と喧嘩して飛び出したらしい。
その頃はすでに私は息子を抱え、実家からも離れてアパート暮らしだった。
公園で寝泊まりをしているから、シャワーを貸して欲しいと家に来た。
夕飯を御馳走し、それから家に泊める事を断ってしまった。
いつも沢山の友人が泊まりに来ている我が家に、断られたのは意外そうだった。
私は、その友人の家出の経緯を聞いていたので許さなかった。

家出はつまり、家に帰れる人がする甘ったれた行為だと。
父親の身勝手を許せないというのなら親から自立して文句を云えと。
あなたが当たり前のように食べるご飯も、当たり前のように通う大学費用も、
あなたがただ父親の子供である、というだけで出してもらっているお金だ。
私は1人で子供の養育も生活もやっていっている。
だから、あなたに自分で生活する能力も働いて大学費用をまかなうことも出来ない筈がない。
なのにそれをしないで、親に守られているあなたに何が云えるというの?

その後、家出している間は家には来るなと云って追い出した。
私は友人にも厳しかった。
親に甘えるのは子供の特権だけども、正当化は許さなかった。

私は男でも女でも、友達とは喧嘩をしていた。
悪い事は悪い、良い事は良い、と云えないのは友達じゃない。
だから友達は少ない。でも、とっても大切。
そんな友人達に来週は癒してね、と云われたが・・・・なに云ってんだ??
説教に決まってんじゃん!!

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あと10日も経てば、幼なじみの命日がくる。

私と彼は本当に小さな頃に結婚式を挙げた。
彼のお姉ちゃんと私の妹と遊びの中で、私たちは結婚した。
式の途中で私は突然不安になり、式から逃げ出した。
本当に結婚しなければいけないような気がしてきて、恐くなったのだ。
そのとき彼は逃げた私を追ってきて、泣いて座り込んだ私の傍で困ったように立ち尽くしていた。
本当にイヤ?って彼に訊かれたとき、私は子供ながらに大人びたことを云った。
『大人にならないと分からないよ』

彼は、とても優しい人だった。
思いやりのある人で、誠実で、背が高くて格好良かった。
家によく遊びに来ていて、遅くなるまで一緒に過ごした。
もし、思春期にありがちな異性としての意識や周りの目を気にせずにいられたなら。
私たちはもっと多くの時間を過ごし、たくさんの思い出を共有し、
深い言葉をお互いに捧げていただろう。

だけど、『もし』では何も変わったりしない。
彼が、たった26歳の生涯を終えた事に変わりはない。

誰かを失う、というのは本当に受け止めがたい事実で。
そして、いつも心から思うの。
私の命を少しでも分けてあげられたらいいのに、って。
そしたら彼の両親も、彼のお嫁さんもどんなに救われるんだろうって。

私の周りで亡くなった大切な人達は、何の前触れもなく突然に逝ってしまった。
残される人達の心の準備もなく、前日まで元気に生きていたのに。
だから、思うの。
感じれるなら感じたい。触れられなくてもいいから。
私だけにしか分からなくてもいいから、ときどき彼らを感じたい。

言葉を交わせることも、抱きしめる事が出来るのも。
どんなに素晴らしいことなんだろう。

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たくさん、たくさん、人が溢れていて、なんだかもどかしくなるんだよね。
この中のちっぽけな私だけど、だから余計に大声で言いたくなる。

『おーい、私はここにいるぞー!!』
『大好きだー!!』

何でもいいんだけど。
いきなり、狂ったみたいに走り出したくなったりするでしょ?
そこら辺に寝ッ転がったり、突然、笑い出したくなったり・・・・私、病気か?

それでね、そんな想像をしていると
あっちにもこっちにも歩いている人達みんな、そういうことを本当はしたいんだろうなーって。
そう思うとさ、なんか真面目くさった顔で歩く大人達が可笑しく見えるんだ。
ねぇそんな真顔だけど実は寝っ転がりたいんでしょ??
いいんだよ、別にここで寝っ転がったって!!きっと気持ちいいんだから!!

多分。
・・・・いや私の想像だけど。

今日はね、会社でブラウザ上に載せるスタッフ名簿の写真を撮ったんだけど。
私ってば何度撮っても、『にやけ顔』になっちゃって。
すいませんって連呼したんだけど、何回やっても真顔が出来なかった。
仕方無いから、にやけ顔で載せてもらうことにしてみた。
私はココ一番ってときに真面目な顔が出来ない・・・・
小学生のときにも、曾祖母のお葬式で大爆笑して怒られたんだよ。

あー世の中って、案外、うまくいかないもんだなー