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おっと、寒いぞ、冬。本気モードか? 冬。どうなんだい? 冬。
えっと、話すことがないときは天気の話をするといい、ということで
当たり障りのない話題からせめてみようと思ったaskです。
こんばんは。

最近やることが多くて、時々放心状態に持ってかれています。
それに、沢山の人と話す機会も多くて、頭がクラクラしてきます。
この季節になると、どうやったら布団の中でで本だけを読む生活ができるのか
そればかり考えてしまいます。どうしたらいいのでしょう?
布団に籠って、本を読んで、疲れたら寝て、起きてまた読む。
なんの生産性もない人間になりたいわけじゃないけれど、
私の理想の生活スタイルですが、なにか?

ところで、先日。会社のウェディングパーティーに云ってきました。
受付をやったのですが、職場の人達が来る度に「ask・・・・?」と疑問形か、
あるいは「馬子にも衣装・・・・」と呟くのは、日頃の汚い格好のせい?
普段の私はそんなに酷いわけ??
っていうか、TAD、写真撮り過ぎなんだけれど。

でも、女の子には評判いいのよ。
『普段とは全然ちがうaskさんが楽しみ♪』って、
みんなの期待てんこ盛りだったんだから!!
ちゃんとメイクもして、髪もアップにして、オシャレなワンピース着て、
パンプス履いて、いつもより可愛く!!可愛く、して、?? いつもより?
・・・あれ? あれってどういう意味だったんだろう・・・・

私、そんなに酷いのか。
女子からも、そんな目で・・・・あんちくしょう。





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私は、息子が大好きだ。
いまでも時々、息子に大好きだと言う。
そんな大好きな息子を、たった今、追い出した。
つまり、『もう家に帰って来なくていい』と云って玄関の扉を閉めた。

まず云っておきたいのが、私はいま哀しくて哀しくてしょうがない。
いつもは眺めたりはしない幼い頃の写真を見たりしながら、
涙が止まらない。今日はスッピンで良かった。
今頃、息子は寒い中どうしてるだろう?
どこらへんで時間を持て余しているのだろう?

息子が、幼いままだったら私は怒らなかっただろう。
息子が、子供のままでいるなら怒らなかった。
でも、いつかは大人になって、いつかは私たち以外の人間と過ごす時間が
多くなって、そして、いつかはお父さんになるのなら怒らずにはいられなかった。

私は、久しぶりに本気で怒った。

私は親だから、子供をまっとうな人間に育てる責任がある。
大人がやれる範囲は広いが、子供がやれる範囲は狭い。
それなら、子供がやれる範囲を手伝わせるのは当然である。
子供が御客様でないのであれば、それは家族の仕事である。
あるとき息子に頼んで大きい物を買い物に頼むと、それは持てない、と言う。
親である私が、持てない物を頼むはずがない。
持てない、出来ない、ではなくて、やろうとするかどうかなのだ。
単にやりたくない、という気持ちを違うものにすり替えているだけ。

息子は、人の説明を全く聞かない。
そして聞いていないということを自覚していない。
何度も注意しても、やっぱり聞いていない。


そんな息子を、私は追い出した。


いつか大人になったとき。
私の云っている事を息子は理解出来るのだろうか。
息子は、今どうしているのだろう。
探しに行きたいけれど、私はグッと堪えている。



ところで(何の話も引き継いでないけれど)、
知っている人の意外な部分を覗きみるとドキッとするのは、
男でも女でも同じだと思う。かくいう私もその1人。

私の苦手なその人は、まず、何故苦手かって云うと。
真面目過ぎるから。

いや、私も真面目なんだけど・・・笑
ユーモアが足りないっていうか、何でも本気にするし、
何でも体当たりで、よく職場で声荒げてるし、
そこは、そんな言い方しなくても解ってもらえるんじゃ・・・と
こちらが眉をひそめるような態度の人で苦手だったのだ。
今でも、苦手なんだけれど。

先日、朝から元気のない姿で彼はそこにいた。
お疲れなんですね、って声かけたら、落ち込んでるんです。と。
ふーん。だけで返答したら、朝からすいません。なんて云うもんだから、
つい、そんなことないですよ、何かあったんですか?と訊いてしまった。
何てことない、いつもの自分に反省している落ち込みだった。

私は、なんで今更落ち込んでるんだろう・・・と疑問に思ったが、
どうやら何年周期かで彼の落ち込みはやってくるらしい。
いつも万事快調だったらいいですけれど、そんなわけにはいかないもんですね、
なんて分かったように返したら、苦笑いで、そうですよね。と云ったのが気になった。

次に会った時、落ち込みから元気になりました?と声を掛けたら、
彼がふと、子供の頃からの母親との関係を話しだした。
そんな影響が大人になって、こんな自分になったのかもしれない。
だから、人との距離を考えずに踏み込んじゃうのかもしれない。
そんなことを聞いているうちに、私はどうだろう?と考えてみた。

私は育ってきた家族との関係にずっと一定の距離を置いてきたせいで、
人との関係は、どうしても距離をあけてしまうところがある。
ここで一緒に抱きしめ合えたらいいのに、と強く思っているのに、
言葉も行動もそれが出なくて、距離を縮めてみたくて、
すごく大事にしたくて、それが出来ないことに苦しかった。
こんなに大事なのに・・・どうしたらいいんだろう?と思ってた人間だ。

彼と私は、いわゆる真逆だった。
踏み込み過ぎる彼と、踏み込めない私。

私は全くの反対です、と答えたら、羨ましいと彼は云った。
だけど、私たちを足すことが出来たら、きっと一番いいんでしょうね、
でも、体当たり出来るのはそれが本気だからじゃないですか、
私は大事なのに、大事にするために近づきたくても近づけない、
そんな小心者なんです。
私の小心者宣言に、彼は笑った。

誰だって悩みがあるのは、当然なことなのに、
彼から聞かされた悩みは私の悩みでもあり、
なんだか、人ってあんまり大差ないんだな、なんて思った。
人は自分を映す鏡、とか云うけれど、
私が、彼を苦手だと思ったのは私のそういう部分なのかもしれない。
もしかしたら、もっとゆるく生きていけばっていう、
空から降ってきた思し召しなのかもしれない。



それから私は、世界でまたひとり苦手な人を好きになった。