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私が、このブログを始めたのは、
どうしようもなく溜まっていく気持ちを吐き出したいがためで、
誰かに打ち明けたいけれど、そんな勇気すらない私のくさくさした言葉を
つらつら書き綴ってやろうという魂胆からだった。
なのに、今度は書き綴る勇気すら無くなってしまった。
なんて不甲斐ない。情けない。


私がどれだけ薄情か、ここでは言い表せないほどだ、ということを
まず分かってほしい。
そして、寛容に見せかけて、実はそんな度量を持ち合わせていないことも、
併せて理解してもらいたい。

そんな、どうしようもない私に、どうしようもない事が起きる。
家族のピンチってやつだ。
そのじつ、母や双子の妹と違って、私は一番下の妹の一大事に
たった一日居ただけで、あとは寄り添えなかった。
そして、それを悔やんでもいない。
私は信じる事なんて到底できず、いろんな諸用を見つけては逃げた。

私には分からないのだ。
その一大事が、その重みが、彼女らには分かっていなくて、
家族みんなが怒りに任せているときに、私にはただ苛立と、失望感だけが残った。
悲劇のヒロイン気取りか、と罵倒したくなるほどに嫌悪してしまった。
私は、多分、何も信じていないのだ。

何が悲しいかって、私は妹の一大事が辛い、ではなくて、
私の人生だって左右されるのに、なぜ、妹の今後を話し合わなきゃいけないんだって
考えてしまう薄情さの自分に悲しいのである。
妹の今後は、もう大人なんだから自分で勝手に考えて決めろ、なんて思う、
汚い私の心が、あまりにも哀れな人間だと気付いたからである。

どうしようもない私は、どうしようもなく落ち込んだ。
私や息子にも左右される事だって、誰に言ったらいいんだ。
それなのに、私は妹の今後のために家族会議に出席する。
なんだ、この無茶苦茶な支離滅裂な感情は・・・。


私は、馬鹿だし、なのに信じてもいないし、卑しい気持ちでいっぱいだし、
どうにかしてあげたいって、家族に思った事すらない。
本当は、家族なんかいらないってすら思ってる。
私の事を分かってもらいたいなんて、とうに諦めてる。


それでも、それでも、繋がりは消えたりしてくれなくて、
私を忘れてはくれなくて、楽にもさせてくれない。
もう出来るだけの事はしたのだから、許してほしいなんて思ってしまう。
大体、家族の中で、誰か一人でも私を心から理解してくれた人がいただろうか。
何があっても、味方でいてくれたことがあっただろうか。
それなのに、要求ばかりはいつもいつも大きくて。
あんちくしょー!!






簡単に繋がりを消せるぐらいなら、繋がったりしない。
そんなことすら忘れたくなるのは、私が家族の理想の私には、
きっと、なれないからだ。





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私を心から大事に思ってくれる友人が少なくとも2人はいる、
と確信出来た4月は、もうすぐ終わってしまう。
友人の1人は、このブログに何度か登場した『あっこねぇ』

あっこねぇは、言ってくれた。
私にも責任があった、と。
私は、まだまだ子供だから、私が出来る精一杯の事はした、なんて言ったけど。
帰り道によくよく考えたら、そんなことはなかった。
私は結果を受け止めて、取り返さなければいけないことを知ったんだ。
誰のせいでもない、私の臆病さと怠惰さが引き起したことなんだって。
だから、次の日にはお父さんに電話したよ。
本当にありがとう。
私、ちゃんと言われなかったら気付かなかった。
きっと今でも、私のせいじゃないのに・・・って呟いていたと思う。
本当にありがとう。


もう1人は、真面目を絵に描いたような『彼』
言葉は固いけど、同志と言った方が自然な関係だ。
面と向かって、いつまでも好きだ、と言われると嬉しくないわけじゃないけど、
もう十年以上も憧れの君、というイメージを保つのは正直、きつい。
私だって、プクプクのおばちゃんになって、
シワシワのおばあちゃんになってしまうのに。
それでも、テレパシーで通じたように感じたい事が分かる、というのは
ときどき、とてもしっくりきて、そして時々、唖然とする。
私は、きっと憧れの君をずっとはやっていけないだろうけど、
私の折り紙付きの口の悪さや、男らしい態度を楽しんでくれて、
本当にありがとう。
君には一度も、お礼を言ったことがないかもしれない。ごめんね。
でも、ホントにありがと。


さて。
私は、人が嫌いだ、だから世の中が嫌いだ、と雄叫びをあげていたけれど、
私の周りにいる友人たちが、簡単には嫌うことを許してはくれない。
むしろ、あぁやっぱり嫌いになれない、と諦めさせてしまうのだ。
友人たちの繰り出す連続技に、いつもノックアウトだ。

ただ、この2人には共通点がある。
異常に素直だ、ってところ。
『私は、ずるい人間だ』
なんて、告白・・・あぁぁ!! 
誰もが自分について持つ感想だ。
そして、誰もが隠したい自分のはずだ。
私はあまりの衝撃の告白に、ただただ驚嘆してしまい、
勇気と度胸は、こんな風に使うものなのか、
こんなに打算の無い発言は一体?? と悩み、
適切な応えを返せなかったので、ここで返そうと思う。

ずるい、あるいはズルさ、なんていうものを
持っていない人間がいたなら、ここに差し出して欲しいぐらいだ。
ずるい自分を羞恥し、またそれをないことにしようとするのが、
本来の人間のあるべき姿ではないか!
それを、敢えて告白し、断罪しようとする、その心意気が、
ずるい!!バッキャロー!!