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1994年、アフリカ、ルワンダ。
今月下旬にも公開される映画、『ルワンダの涙』も同じ題材を扱った。
生き残った人が来日し、こう言い残している。
『許すことはできても、忘れることはできない』

私が知ったのは、ある新聞の記事だった。
世界から見放されたルワンダで起きた大量虐殺の生き残り。
彼らを取材した新聞記事に、私は1994年を思い出そうとしていた。
そんな震撼させるような事件に覚えがなかったのが正直な気持ちだった。

久しぶりにDVDを借りてゆっくりした休日を過ごそうと、
私は観れなかった映画をあれこれ探しては借りるものを決めかねていた。
『ホテル・ルワンダ』
まさか、記事と映画が繋がっているとも思わず、DVDのパッケージを読んだ。
借りようと思うより、借りるべきだったとは言い過ぎなのかもしれない。
案の定、借りても観る気にはなれなかった。

返却日になり、私は『ホテル・ルワンダ』を観ることにしたのだ。

私は大人だから、哀しくとも辛くとも泣かずにやり過ごすことは出来る、と思ってる。
それでも、泣き方を忘れたように、思わず声を上げて泣いてしまった。
何に泣いてしまったのか、今でも分からない。
あまりの恐怖なのか、怒りなのか、哀しさなのか、悔しさなのか。
ただ、今でも思い出す度に涙が込み上げてくる。

映画を観ながら、私はある想像をした。
もし、この日本で生粋の日本人以外は殺す、と言われたなら。
私の息子は殺される。
隣人の韓国籍の旦那さんは殺される。
奥の部屋に住む外国の旦那さんも殺される。
そして、殺すのは私と同じ日本人。

もちろん、今までに大量虐殺がなかったわけじゃないのは充分分かっている。
だけど、なのか。だから、なのか。


映画の中で、自分と同じフツ族が殺しているツチ族の奥さんに言う。
『助けは来ないんだ。
 アメリカも、フランスも、イギリスも
 ルワンダを助ける価値もないと思っている』
そのとき、在留している外国人を助けるためだけに軍は動いた。


知らない、ということだけでも罪になる。
初めて、そう思った。
そして、未だに私はこの気持ちをどうすればいいのか分からないのだ。