
『二十歳の変奏曲』を読み終えた。
・・・・本にばかり明け暮れて、一向に規則正しい生活に戻れない。
まぁいっか~。今は本が必要なときなんだろうなぁ。
えー話を戻すと、『二十歳の変奏曲』は太平洋戦争時代の恋愛ストーリーだった。
いつもなら活字を目で拾って、頭で理解する前にその活字がすでに映像として浮かび上がる。
なのに、この本には少しもそれが出来ない。
読み終えるのに一週間近くも要してしまった。
そのおかげか、とても丁寧に読むことができた。
戦争に反対の若い青年は、自由主義の世の中を望むために軍人として戦争に参加する。
戦争を終わらせて、好きなだけ好きな子と一緒にいたくて、もっと自由になりたくて。
だけど、大きな大きな世の中のうねりに立ちはだかれない自分の小ささを思い知る。
何も出来ない、何も変えられない、愛する人に何もしてやれない。
ならば、せめて自分の命を引き換えに愛する人と愛する家族と日本の未来のために・・・
特攻隊に志願し、特攻前夜に恋人にこう告げる。
『おれは好きで死ぬんじゃないんだ。
特攻するのは、この国の将来が心配だからなんだ。・・・・(中略)
この美しい自然を、そして君や君の家族や、俺の家族のことが心配だから出撃するんだ。
先に行った仲間もそういう思いがあったはずだ。
そして、おれたちの死をただ悲しんでほしくない。
悲しんで涙を流して、道を踏み外すようなやつが出たら、
それこそおれたちの死は無駄になるんだ。そのことをわかってほしい。』
もし、私の命と引き換えに愛する夫や息子や、お互いの家族を救えるのなら。
究極の選択で、私にはそれが出来るのなら。
私もこの青年のように、特攻することを選ぶかもしれない。
私には浅はかな歴史認識しか持ち合わせていなかった。
特攻隊に志願するなんて、狂信された信者みたいに洗脳されているんだと思っていた。
確かに、軍の上層部にはそういった人達が存在していただろう。
けれども所詮、庶民は現在の私たちのように目の前にある、そのものを守るのに精一杯なのだ。
誰もが平和を願い、家族を思い、愛する人の幸せを案じた。
そして、軍の方針に疑問を抱えつつも大きな流れに途方も無い無力感を感じていた。
好きで死に行った人などいない。恐くないわけもない。
愛する者を守る、それだけが自分の命を投げ打てる精神力だった。
そんな時代から、まだ1世紀も経っていない。
でも青年が望んだ世界は、すべて今この世の中にある。
青年が出来なかったことは、この世の中ではすべて出来る。
私は、それを大切にしているだろうか。
愛してる人には愛してるを。何もない凡庸な日々を。
高くなった秋の空を、今日も見上げて思う。
何十年前は、同じように見上げただろう一組の恋人を想いながら。
青年は、愛する人にこう願う。
『おれの分も長生きして、おれの分も幸せになっ・・・・・』