
私は迷ってる。
そして、この迷いに答えなどないことぐらい分かってる。
今年も沖縄へ息子を連れて旅行することになった。
息子の大好きなコバルトブルーの海、白い砂浜、沖縄の時間。
その中の日程に、ひめゆりの塔へ連れて行こうか、迷っている。
大切なこと。
こんな素敵な場所で起きたことを、何も知らずに過ごすのは子供の特権かもしれない。
けれども、過去を知らないで沖縄時間を本当に大切に過ごすことが出来るだろうか。
青い海の中で眠る沢山の命、白い砂浜の上で起きた悲劇。
まだ息子には早いかもしれない。そう、早いかもしれないんだ。
そう思うと、迷ってしまう。
なのに、気持ちの何処かで歴史を知るのに早いことなんて・・・とも思う。
私は息子に訊かれる様々なニュースを、歴史も交えて問題を話す。
どちらにも偏らず、ただただ中立的に起こった出来事を。
そして、息子がそれをどう感じるかは自由なのだ。
何を正義とするか、何を悪とするか。
大事なのは、そう思うのならこれからどうしていけばいいのか、だから。
どうやったら、誰かもそんな思いをしなくて済むだろう?
そして、それを肌で感じるにはどうしたらいいんだろう?
そう思うと、ひめゆりの塔へ連れて行くことを考える。
息子は、とっても、とっても哀しくなるかもしれない。
とても哀しくて、旅行を楽しめなくなるかもしれない。
哀しい痛みを目の当たりにするのは、親としては本当に苦しくなる。
出来ることなら、幸福な笑顔で居て欲しいけれど、
本当の哀しみや痛みを知らなければ、本当の思いやる気持ちは分からない。
誰かを想うこと、誰かの気持ちになること、出来事の本質を見抜くということ。
TVで観る争いや、貧しさより、
その声を、その空気を、その場所を知るべきなんだと思っている。
それが、本当だって思う。