素直に生きるというのは、なかなか難しいもので。
云いたい事ばっかり云っていると、傷つけるし
やりたい事ばっかりしていると、やっぱり傷つけるし。
人の為に生きているわけじゃない、って云ったって
人生の中で少しもそんな要素のない生き方は寂しかったりする。
かといって、全部が誰かの為に生きるというのも嘘だから。
そこら辺の折り合いというか、調和というか、それが重要になる。

この前の飲み会で、ある男が云った。
『そりゃぁ男はみんな浮気するよ。
 でもね、いくらベッドに入っているところを見られても
 最後までそれでもやってないって云わなきゃダメだよ。
 それが相手の逃げ道になるし、思いやりだからね・・・』
なるほど・・・・
確かに、浮気をしたという告白はやっぱり自分が楽になりたいからで
それを聞いた奥さんは、本当に辛くなるだけかもしれない。
でもさ・・・ベッドに入っているところを目撃して『やってない』って
云われたところで、実際やっているんだから。
やっぱり、それを許す奥さんが単に偉いだけだと思うんだけど・・・
この男が云った思いやりは、自分の都合により生まれただけであって
奥さんを悲しませたからとか傷つけるからとかじゃない。
それでも許されるだろう、という経験値による計算がでているからだ。
どこかで許されないという気持ちがある時には、人間は黙する事しか出来ない。
奥さんが取る絶妙なバランスとコントロールを、垣間見た。
女としての侍魂というか、本当に偉いなーと感服する。
この男は、奥さんの懐を出る事は出来ないだろう。

さて、この上記の例のように
男と女が一緒に生きて行く場合、バランスを取らなくてはいけない。
ウチで云えば、TADが散財家、私は貯蓄家といったように。
けど、散財し過ぎても貯蓄し過ぎても、どちらかが嫌になる。
適度にコントロールするのが、やはり女の役目だろうか・・・・。