その時には、気づけなかったと知るキッカケがある。
少し前に、カナダに行った別れた恋人を思い出すキッカケがあった。
何年も前、人に執着することがない私だった頃。
彼もまたそういう人だから、カナダへの留学が決まっていたのに恋人になった。
カナダまで、あと4カ月。
ライトにラフに、そう思ってた。
そして、最後の空港からの公衆電話。
今から出発なんだ、待たなくていいからね。そう、云い残して。
私は、彼が私を好きだと信じていなかった。
多分私には、彼の中に私を見いだせなかったから。
だけど、この曖昧さが私は楽だった。
会いたいと云われたとき、応えないことも多くて。
誕生日のプレゼントも、沢山の中で埋もれていた。
もちろん、彼を待つ気などなかった。
だけど、思いだした。
私の写真をカナダに持って行ったのも、
最後まで公衆電話から連絡してきたのも、
カナダから辛いと携帯に掛かってきたのも、
帰国したとの連絡も、本当は愛されていたから?
何処までも、私が笑ってる写真と携帯番号を連れていたんだろう。
そう思うと、つくづく自分の愚かさを思い知った。
結局、信じていなかったのは彼ではなく私自身だったんだ。