早いもので、もう1か月たつんだなと思う。

4年半かけて一度卒嵐したつもりでいたけど

0531でファン魂が再燃してしまい、

ロス感半端なく1か月。

以下、自分用に0531の記録を書く。

 

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会場の自席にたどり着いた時点で

大きな気球が5つあるのが見えた。

超天井席だったので、

この気球が唯一、一番近くで

メンバー様を拝見できるところかな

と思った。

 

17:55、バックでの気合い入れの声が

かすかに聞こえたような気がした。

でも、

ステージに近い席の方たちの歓声で

そう思ったのかもしれない。

 

ライブ数日前、FC内で

5人がテレビの前にソファに

並んで座っている画像が出ていた。

 

05311週間前のライブ開始同時刻に、

テレビ各局で

ライブのCMが流れることを

示唆していた画像だったが、

うちの地域は

ライブCM が流れることはなかった。

 

1週間前そんなことがあったな~と

思っていると、いよいよ始まる。

松潤の「楽しむ準備できてるか」

ニノさんの「いらっしゃいませ~!」

相場ちゃんの「もりあがってんの~?」

を聞いて、

「あ~、そうだった、こうだった」と、

やっとライブに来ている実感。

大野さんへの「でいっ」を返し

翔ちゃんから「女性陣」

の調子を聞かれて返し。

このやりとりを

すごく懐かしく感じた。

 

ペンライトが買えなかったので、

過去のペンライトを持っていこう

とも思ったのだが、

制御されている色に合わせられないと

迷惑がかかると思い、断念した。

 

過去のライブ映像を見る余裕がなく、

今回のライブのセットリスト関連も

ネタバレしていかないつもりで

情報を入れていかなかった。

 

なので

ものすごく久しぶりのはずなのに、

曲を聞けば、

周囲に遠慮しながらも

ペンライト(がわりのうちわ)の

振り方が分かる。

コール&レスポンスの仕方が分かる。

そんなに何回もライブに当たって

参戦したわけではないのに、

ライブDVDを何度も見ているから

身に沁みついているんだなあと

改めて感じる。

 

そして、なにより、みんなが

一体感を感じられるような

楽しめるような曲を

選んでくれたんだなあと思った。

 

ところどころで

暗転時に

メンバー様たちがFCでの誕生日動画を

見ながら語る映像が流れる。

いくつか流れた中、

不意に聞こえた大野さんの

「あんまり強い思いは持たない 

 泣いちゃうから」

みたいな言葉が

私にとってはパワーワードだった。

 

休止中、自分の中で少しずつ

卒嵐していき、

私にとって目からうろこだった

大野さんの柔軟な考え方も、

自分の中から消えてしまってたんだな

と、このとき感じた。

 

嵐さんや大野さんの

「ファン現役」でいた頃は、

特に大野さんの

型にはまらない、

おおらかな、

一般人にはない、けれども

優しく謙虚で柔らかな感覚に、

ものすごく助けられていたし、

そうありたいと思いながら、

仕事の中に生かせることは

できるだけ生かした。

 

私にとっても、大野さんの考え方は

翔ちゃんが良く言う

「精神的支柱」だった。

 

最近は

年も取って、いろいろ任されて、

「なければならない」ばかり考え

強い思いをもって

物事を動かさざるを得ないことが

多くなっていたかもしれない。

 

最後のライブで、

大切なことを思い出させてもらった。

 

半ば過ぎ、いよいよ気球の登場。

センターは相場ちゃんから始まり、

メンバー様がみんな

ぐるっと1周すると思っていたけど

なぜか大野さんの気球だけは

真ん中に来ず。

大野さんは両サイドのみで

終わってしまう。

ここでうちわを見てもらえたら

うれしいなと思っていたので

非常にがっかり。

もう、うちわでは

感謝を伝えることができない。

 

気を取り直して曲に集中。

この場所にいられるだけで

ありがたいことなのだ。

 

最後のあいさつになり、

本当にこれが最後なのかと

信じられない気持ちになる。

 

メンバー一人一人が

あいさつを終えた後と、

大野さんが言葉を詰まらせたとき、

今まで参戦したライブでは

出したことのない大声で、

「ありがとう」と「がんばれ」を

伝えることができた。

たとえ天井席でも、

声は届かなくても、

声を出さずにはいられなかった。

 

翔ちゃんが

メンバーみんなの名前を呼んだとき、

嵐の皆さんにとっても

ファンにとっても

きっとこれが

嵐の卒業式だったのだろうなと

思った。

「でした」から「です」に

言い直した

翔ちゃんの気持ちは、

過去にするのではなく

「これからもずっと」という

願いを込めたものなのか。

 

最後の曲のFIVE。

こんな悲しい気持ちで

聞くことになるとは思わなかった。

さわやかで明るい曲だけど、

これで本当の本当に最後。

これからこの曲を聞くと

この最後の時を思い出す。

 

松潤の「俺らの名前はなんだ」も

これからはもう聞けないし、

返すこともできなくなる。

松潤の気持ちが

手に取るように分かった。

 

ステージから去っていく時、

あたりまえだけど

もう「またね」はなかった。

数少ない参戦ライブで

「またね」と言われたことを

思い出しながら

5人の背中を(大画面の中で)

見送った。

 

前にいた若いお嬢さん方が

あ~ら~し~とコールをはじめ、

私も乗っかるが、もう

皆さんが出てくることはなかった。

お嬢さん方はあきらめず

ずっとコールしていたけど、

おばちゃん(=私)は

やはり大人の対応で、

頃合いのいいところで切り上げ、

転げ落ちないように

手すりにつかまりながら

規制退場に従って

傾斜80度くらいに感じる長い階段を

無事に下りた。

 

ロビーのようなところを

夢心地でふらふら歩いていたら

「ラッキー!」という声が聞こえ

なんだろうと思ったら

銀テが大量に入ったビニール袋を持つ

お兄さんがいて、

どうやら「ラッキー」と言った人は

もらえたらしい。

 

周りにいた人たちもそれに気づき

お兄さんの周りには

あっという間に人だかりが。

巻き込まれ、お兄さんを追いかけて

しばらく人の波にのまれるが

いつのまにか

お兄さんは消えてしまった。

 

どっちが出入口が分からなくなり、

人のいない、すごくさびしい、

暗い出口に出てしまう。

トラックがいるようなところで、

立ち止まっているファンの人も

数人いて、

もしかして出待ちの場所なのか

とも思ったが、

よく分からないのでスルー。

ホテルに帰ってから、

ちゃんとした出口なら

最後の最後、まだまだ

写真映えしたところが

たくさんあったんだろうな

と後悔。

 

水道橋と思われる橋を渡る時、

とてもきれいな月が見えた。

 

後日松潤が見せてくれたSNSで

わかったのは、

その数時間後?に

メンバー様たちはステージで

5人きりで乾杯していたとのこと。

最後まで嵐さんたちらしいなあと

うれしいような、寂しいような。