1.27会見や,

「Song for you」

「君のうた」で

何度か出てきたワード

「僕ららしく」「笑っていよう」,

 

この人気絶頂のさなかに

笑顔で活動休止を

決定できるって,

本当に彼ららしいと思った。

 

ガツガツしてないというか,

冷静に自分たちの状態を

受け止めてたんだというか,

 

きっと

嵐さんたちが思う以上に

大きくなりすぎたんだよね。

 

「ここまで来たのは

 5人だけじゃなく,

 周りのスタッフや

 ファンのみんなを含めて

 大きな「嵐」という

 プロジェクトの一つで,

 僕ら5人は

 前に出ているだけであって」

って,節目の時には

結構翔ちゃんとか

何度か言ってた。

 

デビュー会見で,

相葉ちゃんが言ってた

「嵐を巻き起こしたい」,

1.27会見では

「まだ嵐を巻き起こせてない」

から,復帰したら,

「その時は…?」

「また,嵐を

 巻き起こしちゃいますか!」

ってリーダーに振ってたけど。

 

でも,実際は,もう世界中に

嵐巻き起こしちゃってるよね。

2015の宮城あたりでも

もうすでに

経済効果もものすごいことに

なってたし,

毎年CD DVD年間売り上げ

ランキングとかでは上位だし,

1.27当日は,休止が

ニュース速報で流れちゃうし,

海外にまでニュースが流れて

世界中のファンが

「おーまいがー」って

ショック受けてたし,

会見翌日は

公共放送でも民法各局でも

トップ扱いで報道されていて。

ファンじゃない人にも

影響与えちゃってるし。

 

1.27以前に戻ってみても,

こうなっちゃってきたら,

「男性アイドル」として

女性ファンを惹きつけるだけでなく,

子どもからお年寄りまで

まさに「国民的アイドル」として

テレビに出て,人々の

お手本のような行動

=道徳の教科書的な生き方を

意識せざるを得ない立場だったのかも。

 

翔ちゃんは,

こういった立場から発信できることも

あるって考えてたみたいだし,

実際「ワク学」とか「宮城」とか,

嵐さんの力で大きく動いたこともあり,

こういう形での社会貢献もありなんて,

アイドルの力ってすごいなあと,

嵐さんはアイドルの進化形?って

思ったこともあった。

魅力ある人たちが呼びかけたら,

人は動くもんね。

(もちろん,嵐さん以前にも

 現在他にもこういう形で

 動いている芸能人の方も

 いらっしゃるでしょう。)

 

でも,ずっとお手本でいるって

なかなかキツイ。

 

個人的なイメージでは,

芸術とか芸能の世界って,

アンダーグラウンドな面に

支えられてる部分がある

という感じがあって

どうしたって切り離せないと思うし。

 

おーのさんは芸術家な面もあるから,

「嵐」で国民の見本をするのも

大事なこととわかっているけど,

束縛されない表現をしたいという

気持ちも,

どこかにあったんじゃないかな。

 

「一度嵐を畳み」「何事にも縛られない」

っていう言葉,

その他の,会見での言葉,

いろいろな解釈ができるから,

 

この言葉に

ファンはすがるしかないから,

 

やっぱりいろいろ推測してしまう。

 

でも,

「嵐さんらしさ」は

5人でのみ発揮されると思うし,

「智さんらしさ」は

智さんにしか出せない魅力だし,

他の4人のメンバーも,

それぞれに

その人にしか出せない魅力だから,

翔ちゃんの言った

「一人の思いで嵐の将来を

 決めることはできないのと同時に

 他の何人かが一人の生き方を

 決めることはできない」(意訳)

は,すとんと入ってきた言葉だった。

 

ファン,というか

嵐さん以外の立場からみたら

「嵐は5人」なんだけど,

嵐さんメンバーの中の立場に立ったら

当たり前だけど

自分個人=嵐ではないわけで。

自分らしさと嵐らしさが

合致してれば問題ないけど,

「嵐(プロジェクト)」は

やはり何をするにも

大きくなりすぎたんだね。

大きくなったがゆえに

いい作用もあれば

その逆もあった

ってことなのかな。

 

いずれにせよ,活動休止は

嵐さんらしさ,智さんらしさを

それぞれのメンバーらしさを

笑顔で

保つための期間だととらえたい。

 

前向きな休止。

じゃぽで言ってた

「原点回帰」。