大洗まで邪鬼さんが迎えに来てくれました。


その時は久しぶりの再会と、僕らの為に往復10時間弱の運転をしてくれた事に対してとても感動した事を覚えています。



『とりあえずうちおいで。』


もちろん行く所が無かった二人は邪鬼ハウスでしばらく共同生活をすることに。


当時の邪鬼ハウスはなかなかに趣のあるアパートで、毎日寝てる頭の上の壁を数匹の小さいGが徘徊するくらいには賑わっておりました。


『いやー俺ちょっと無理かも。』


『俺もです。』


こんなやりとりを二人でして、すぐにしんたろーは知人の家で暮らす事に。


『刹くんもいいって!』


なんということでしょう、見ず知らずの僕まで迎え入れてくれました。


神の思し召しなのか、しんたろーの知人というのがなんと僕の高校の同級生の兄貴でした。


ジャンルは違えど同じバンドマン、弟の同級生という事で可愛がられ、すぐに打ち解けられました。


そうしてしばらくはそこで一緒に暮らしていましたが、さすがに気まずい。


働いてなくて家に金も入れれない、飯も食わせてもらってる。


数日で肩身は狭くなりました。


なので札幌の先輩バンド【キラレズ】のハクさんという悪友が東京にいたので、頼み込んで住ませてもらうことになりました。


とりあえず働きに出る資金すら無かった僕はハクさんに金を借り、某有名打ち子グループで仕事をしました。


…仕事ではないですね。



しかし、知らない土地で尚且つ東京特有の意味の分からん乗り換え乗り継ぎの電車で現地に向かう事が非常に面倒になり数日でリタイアしました。


ニートに逆戻り。


ここからが悲惨。


一日一食食えるかどうかの極貧生活。


寝床も邪鬼ハウス、ハクさんの家、しんたろーの知人の家の三箇所を転々と。


そろそろ気まずいなって思ったら別の家に行くというのを無限ループ。


それぞれの家にある食えそうな物を適当に拝借して口にしてました。


あの時の惨めさといったらないですね。



そんな環境の中、池袋サイバーで2回ライブを行いました。


初ライブで話しかけてくれて、2回目で最前に入ってくれたファンも出来ました。



2回目のライブ終わり、機材を片付けて階段を上がっていると後ろから男性客に声を掛けられました。



『今回の対バンで一番ベースの音好きでした、かっこよかったです!』



その一言で自分の中にしまい込んでいた気持ちが爆発しました。



バンドを始めてからずっと言って欲しかった言葉。



メイクが良い、髪型が良い、衣装が良い。


ビジュアル系バンドをやっている以上そこの評価ももちろん有難いし、評価されないといけない所でもありました。


でも自分なりに良い機材集めてスタジオに籠り音作りしてオリジナル楽曲のベースラインを考える。


そこに対しての評価ってビジュアル系バンドをやっているとなかなかされないもので。


そもそもJCJKが大半を占める客層だったのでお客さんにそこまで求められなかったというのと、自分がそこの評価に値しないレベルだったんだとも思っています。


でもその男性客の一言で僕は良くも悪くもバンドマンとして評価されたいと強く思ってしまい、ビジュアル系から足を洗う決意を固めました。



これが三度目の分岐点。



次回、ブラックPIG編最終章