自信について | ソウイウモノニ ワタシハナリタイ

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人それぞれに価値観は違うと思いますが、私の日々の考え方をどこか電波の届くところに残しておきたい〜!と考えました。
ふ〜ん、あーたそんなこと考えて生きてんのね〜くらいに受け取ってもらえたら( ^ω^ )

人はどうやって自信をつけるのか

これに関しては正解を知らないんですが

自信をつける、ということについて経験談から。

 

自信という言葉はその文字通り

「自分を信じる」ということ

そこで私の中で湧き出る疑問は

「自分は信じるに値する人間なのだろうか」

という不安。

 

そう、自信は他者に

「あなたは信じるに値する人間なんですよ」

と言葉を貰わなくては成り立たないと思う

「あなたは自信を持って生きて良い人間なんですよ」と。

私は自信というものをそう解釈してます。

 

私の自信を成形してくれたのは

母親とパートナーである。

 

たくさんのコミュニケーションや衝突を通じて、

「あなたがどんなことになっても、私は最後まであなたの味方です」

というスタンスを示してくれた。

 

私は完璧な人間じゃない、信じるに値する人間なんだろうか。

受験では失敗したし、

仕事もすぐ辞めることもある、

すぐ不安になっては喧嘩をするし、

美人じゃないし、スタイルも良くない、

いずれはおばあちゃんにもなって若さも失う。

 

母親はどんなにお金と時間がかかっても

あなたのやりたいことを応援します。

結婚しなくてもあなたが幸せならそれでいい。

 

パートナーはどんな困難があったときも

全部話して欲しいし、一緒に考えたい。

あなたが悪かったとしても僕はあなたの味方だし、

あなたが太っても、おばあちゃんになっても何も変わらない。

 

言動で伝えてくれた。

どんな自分も受け入れてくれる人がいるというのは、

なんて心強いんだろうと思う。

 

自分を全肯定してくれる人がいることは「自信」になる

 

「信じる」ということは

「期待する」という意味ではない

「受け入れる」ということ。だと。

 

「あなたがどんなことになっても、私はあなたを受け入れます」

それが自信の源のように思う。

 

私が「自信」を持てたとき、成功体験なんてなかった。

私が私でありさえすれば、彼らはそれで十分なのである。

 

皆さんにもきっといるはず、

「あなたがあなたのままでいれさえすれば、それだけで十分だ」

と、受け入れてくれる人が。

 

そんな人がいれば

本当に自分が大事だと思っていることに全力で取り組める。

失敗しても何言われても怖くない。また頑張ればいいと思える。

 

受験に落ちても、容量悪くても「私」であればいい。

若くなくてもこの先老いてしまっても「私」であればいい。

スタイル良くなくても美人じゃなくても「私」であればいい。

結婚しても結婚しなくても「私」であればいい。

 

そうやって受け入れてくれる人がいると

「私は信じるに値する人間なんだな」と思えてくるのである。

他者を通して自分を見つけるとはこういうことだな。

 

私が友達にあなたを信じている、と言う時。

それは彼女の成功を信じるんではなくて、

あなたらしく、この難題を乗り切ろうとする、そのことを信じている。

結果はどちらでも良くて、

良い時も辛い時もあなたの味方だよって言う意味なのだ。

 

もっともらしく書いたけど、

わざわざ言語化してないだけで、

きっと皆さんも同じなんだろうと思うなり。