カフェを後にしてから数日。深山とはLINEを交換し、他愛のないメッセージを重ねるようになっていた。
「今日もお疲れ様。急に寒くなったから暖かくして寝てね」
画面に躍る優しい言葉。彼の気遣いは、仕事に追われ、気のない彼氏との関係に疲れていた律花の心にじわじわと染み込んでいく。本当に、ただの素敵な男性に思えた。アプリの警告さえなければ。
金曜の夜、深山に誘われて彼のマンションを訪れることになった。
築浅の綺麗なデザイナーズマンション。部屋は静かで、どこか生活感が薄い。
「ごめんね、散らかってて。適当に座って」
出された白ワインを口に含みながら、律花は胸の動揺を隠すのに必死だった。リビングのローテーブルの脇、彼のビジネスバッグから覗いている黒い革のファイル。アプリの指示通りの品だった。
「律花さん、少しベランダで風に当たってきてもいい? 電話がかかってきちゃって」
「あ、ええ、どうぞ」
深山がベランダに出てガラス戸を閉めた瞬間、律花の鼓動が早鐘のように鳴り響いた。
チャンスは今しかない。
忍び足でバッグに近づき、震える手で黒い革ファイルを引き抜く。ページをめくると、そこにあったのは――。
無数の女性の写真と、詳細なログだった。
名前、年齢、職業、SNSのアカウント、そして……「アプリ『夜の隙間』の進行状況」。
息が止まった。
指先が冷たくなり、ページを繰る手が震える。
『ターゲットA:律花。順調に接触成功。共感を示すことで心理的依存度70%達成』
心臓を直撃するような衝撃。
彼のあの優しい言葉も、頬に触れた指先も、すべて計算されたスクリプトだったのか。彼はアプリの被害者ではなく、このアプリを動かしている「仕掛け人」側だったのだ。
「……何を見ているんですか?」
背後から、低く冷ややかな声がした。
振り返ると、ベランダのドアを開けた深山が立っていた。カフェで見せていた柔らかい笑顔は完全に消え去り、そこには冷徹な、知らない男の目が光っていた。
「深山……さん……これ、は……」
声が震えて上手く出ない。深山は静かに歩み寄り、律花の手からファイルをゆっくりと取り上げた。そして、ぞっとするほど綺麗な指先で律花の頬を撫でる。
「律花さん。君は『選ばれた』んですよ」
彼は顔を近づけ、律花の耳元で優しく、けれど逃れられないトーンで囁いた。
「僕が本当に君に惹かれていたのは、嘘じゃない。……でも、もう逃げられないよ」
その時、律花のポケットの中でスマホが震えた。画面には一言だけ、新たなメッセージが表示されていた。
『おめでとうございます。あなたは次の「執筆者」に選ばれました』
次のお話はどう進めますか?