物部氏菩提寺・三河薬師真福寺
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奈良時代、仏教を国家宗教とする蘇我氏と神道を国家宗教とする物部氏は争いました。
都を追われた物部氏の為に聖徳太子が創建したと伝わります。
三河地方の天台宗の本山。
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歴史
伝承では聖徳太子建立46か寺の一とされ、推古天皇2年(594年)、物部守屋の子の物部真福(まさち)が願主となって建立したという。また『聖徳太子伝古今目録抄』でも、物部真福が父物部守屋のために真福寺を建立したとされる。
聖徳太子建立のことは伝承の域を出ないが、当寺には奈良時代にさかのぼる塑像の頭部が伝来しており、創建はかなり古く、真福寺東谷遺跡の寺院跡は三河最古の古代寺院跡とされる。かつては物部氏氏寺とされる北野廃寺が移転してきたものと考えられていたが、発掘調査により現在では否定されている。真福寺東谷遺跡からは建物跡や、白鳳時代の北野廃寺系瓦、瓦塔、須恵器、陶器、釘などが見つかっている。
仁平元年(1151年)に全山焼失した。現存する仁王門などは明応3年(1494年)に復興したものである。
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