【山形の片隅から発信】いつまでも自分の足でどこまでも!フットヘルパーandあしすけっと(足助人) -76ページ目
孝一入院㊶夜の部
せん妄により
3日くらいほぼ寝てないらしく
どんな様子なのか
泊まることにした

以前眠れる点滴(やっぱり名前思い出せない)
したときに
さっぱり起きなくなったので
それはしないでください
と、お願いをしていたが
さすがに3日くらい寝てないのは
孝一も可哀想

なので様子を見るため泊まった
少し一緒にテレビを見て
元々孝一は20:00くらいには
寝ていたので
その頃から電気を薄暗くして
「おとーちゃん、おやすみねー
今日、広美も泊まるからねー」
と声掛けした
2時間くらいだろうか?
健やかに眠っていたようだったが
モソモソと動きだした

両手をバンザイし
布団をバサッとはいで
足をパタパタし
ベッド柵に足をかけようとした
電気をつけると
目をパッチリ開けていて
「どうしたの?」
と、聞くと
「そろそろ起きる」
なので
「まだ夜中だから
誰も起きてないから
明るくなったら起きるべね」
と、電気をけして
カーテン開けて
「ほれ、おとーちゃん
外まだ真っ暗だあ」
と伝えた

「んだが」
と言ってまた目を閉じた
時計を見ると22:30
2時間くらいは眠れたかな

そして私もソファベッドに横になる
iPhoneいじってると
15分くらい?かな?
また布団バサッとする音が
孝一のところへ行くと
やはり目をパッチリあけている

なんかボソボソ話してる

「夢でも見だのが?」
と聞くと
「んだ」
口が乾いてるようだったので
「水でも飲むが」
「飲む」
と言うのでベッドを、起こして
アクエリアスを4口
少しベッド起こしたまま
「眠れねのが?」
と聞くと
「んだ、ねむたくない」
と言う
少し話をして
またベッドを倒して
「おとーちゃん、朝になったら
起こすからゆっくり寝るべねー」
と電気を消した

時計を見ると23:45
おお、もうこんな時間か
寝息がら聞こえてきたので
また少し寝てくれるかな?
と思って
私も横になった
が
また布団バサッ

すごいな、本当に眠れないんだな

また孝一のところへ
「どしたの」
と聞くと
「トイレさ行ぐ」
と言うので
いつものように
「おとーちゃん、熱下がったばかりだから
おしっこの管入ってるから
トイレいがなくとも大丈夫なんだよ
歩けるようになったら一緒にいぐべね」
とお願いした
(・д・)チッ
と舌打ちされた

仕方ない
自由に動けないからイライラするよね

時計みると
もう0:15
その間に看護師さんも
来てくれて
状況報告した
結局そんなこんなを
繰り返し
夜が明けた

うわーこれは看護師さん
大変だ
そして孝一が辛いだろう
と思って
色々考えた
そして朝食がきた
寝てないからあまり食べないだろうと
思ったけど
ほとんど食べた
これにはびっくり
その後
先生方の回診があったので
報告した
本当によわーーーい
眠れるお薬があればとお願いした
今日の夜から使ってみるらしい
あ、また、名前忘れた
私の方がボケてきたな、こりゃ
たった1晩で
私の脳みそ回らないのに
孝一、3日間も起きっぱなしなら
どんなんだろう
数時間でもいいから
しっかり、睡眠とれればいいのに
そのお薬
以前のように
眠りっぱなしにならないのを願う
つづく
2/24火曜日
孝一入院41日目

今日は夕方まで
バタバタしており
孝一の所へ来たのは17:30過ぎ

雄太郎が来ていた

フットケアをしていてくれた
本当にありがとうございます

雄太郎(夫)は
実はフットヘルパー第1号である

「ほら、後ろの写真見てみなよ」
「日中、将棋したんだって」
えーーーーーー
普通に将棋してる
なんて言ってたら
モソモソと動きだした
何するんだろ
と思ったら
「起きて将棋したいんだって」
えーーーーーー

そうなの?と聞くと
「んだ」
えーーーーーー

そして美哉にすぐ
LINE電話

将棋してる写真も見せた
美哉もびっくりしてた

と、なんだかんだして
この体勢になりました

そして
明日うぢさ帰るんだっけか?
あとどのくらい、こさいるんだっけ?
って
だから
「ご飯いっぱい食べねど
帰らんねよー」
そして
夕食

頑張って
本当に頑張って
一生懸命
自分で食べている
涙がでた

※写真、動画は雄太郎が撮ってくれたのでまた改めて
帰りたいのかな

もう少し体力ついたら
先生にお願いして
数時間、いや、少しでもいいから
家に連れていこう

今日は私はお泊まりです

夜、孝一眠れてないみたいだから
どうしたらよいか
1晩見て判断したいと思います

つづく
足多助(あしたすけ)ショージが

あ、part3じゃなくてすみません💦
入院当日の孝一です

あ、初めて読む人もいるかもだから
私の父です

母

が亡くなって
1ヶ月25日目に
父が
こんな難しい病名で
入院することになりました

びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫
孝一が入院して今日で40日目なのですが
未だにこの病名
ちゃんと言えません

その40日経った今
たった40日で
孝一こんなに変わってしまいました

どんどん減って49キロに……
もう治る
ということは無い
から
在宅を考えたし
すすめられた
が
孝一の場合
在宅介護看護は
難しかった

色んな理由があった
「でも家で看れるならそうしたかった」
と言うと
まわりには在宅介護看護の
プロがいっぱいいるので
あーしたら?
こーしたら?
の、アドバイスを頂けたと
思う
もちろん私も
訪問介護をやってるときに
ターミナルケアに関わらせて頂いたりした
だからこそ
「孝一のケースでは厳しい」
と判断した
そこで本当に反省したのが
私も今までは
安易に
在宅を勧めていた
「最期は自分の家で
迎えたいと思ってるのでは?」
なんて
本当に軽々しく言っていた

今になって
私がそう言った家族の皆様に
謝りに行きたいくらいだ

そうしたくても
できない現実
が、あるのだ

本当に反省している
今孝一は
緩和ケア病棟で
本当に皆様に
神対応して頂いている
自宅ではないかもしれないけど
本当に幸せだと思う

亡くなったかつ子も
10年間は在宅介護だった

それは孝一がいたからこそ
毎日側に入れる人がいるからこそだった
在宅介護看護
国でも県でもすすめてると思う
が
関係者の皆様へ
「在宅できるのにしないの?
患者、利用者本人の事考えてるの?」
と、家族に思わせる圧は
どうかかけないであげてください
孝一入院㊵part2
お昼になった

看護師さんが昼食を持ってきてくれた
「おとーちゃん、食べでみるが?」
と聞くと
「食べる」
おおおおおお
看護師さん2人で
食べやすいように
起こしてくださり
食事開始

久しぶりなので
看護師さんに介助はお願いしました

最初のひと口は
うまく飲み込めなかったけど
どんどん食べてくれる

まぁ、どんどんと言っても
各2口、3口くらいだけど
それでも嬉しい

孝一の昼食が終わったので
美哉が作ってくれた
サンドウィッチを私も食べよう
ありがとうね

そろそろ美哉を迎えに行く時間
孝一が楽しみにまっている

美哉を連れてまた病室へ
やはり身の置き所がないというか
どこか苦しくてモゾモゾしている

看護師さんに相談して
痛み止めの座薬を入れてもらうことになった

20分くらい様子を見ましょうと
だいぶ落ち着いてきたかな?
ではでは、ということて
看護師さんと美哉との約束
「孝一の清拭」
実習で患者さまの清拭はしてたから
大丈夫でしょー

担当看護師さんが
優しくリードしてくださった
おかげで
孝一に
「美哉が今日身体拭いたよ」
と言うと
「ありがとうございました」
あとは痛み止めの座薬が効いてきたのか
少し眠れてるよう
よかった

もうあの
眠剤は入れてほしくないから

夜のごはんまで
少しゆっくり休んでけろ

part3に続く

