仕事の話でないですが… | 【山形の片隅から発信】いつまでも自分の足でどこまでも!フットヘルパーandあしすけっと(足助人)

【山形の片隅から発信】いつまでも自分の足でどこまでも!フットヘルパーandあしすけっと(足助人)

山形の片隅で、介護保険でフットケアを!!!
そして、「いつまでも自分の足でどこまでも」
と叫びながらフットケア普及活動を、しております。
足難民の方々のために、地域のために
自分のために世界の為に頑張ります♡

今日
休みでした

娘の友達のうちにいって
遊んできたり

洗濯したり
掃除したり
昼寝したり



母から電話

『うちでご飯くえー』と


珍しいと思い
行ってみると

『爪頼む』

...... ( ̄□ ̄;)!!

やはり…

仕方ないから(笑)
やって差し上げた

久し振りにゆっくり
母と話す

母は
バリバリ社交的で
いつもお出かけしていた


平成19年10月10日

自転車で転倒し

要支援2になってしまった…
骨折により
左下肢が麻痺で
ほとんど動かすことが
できなくなった

当時は
(鬱)も入り
サッパリ外出どころか
人と会わなくなった

私は母子家庭だけど
実家からでてるので
(車で五分くらいだけど)

男所帯を切り盛りしていた
母が
何もしなくなったので
父や兄は
慣れない家事をしていた
私は会社を立ち上げたばかりと
不規則な訪問介護で
あまり手伝ってやれなかった

代りに

フットケアだけは
暇ができると
やって

要支援だから
ヘルパーとしても
入浴介助や家事援助をした


『お前が介護の仕事をしていてくれて
フットケアの仕事をしていてくれて
よかったよ
そうでなければ、私は今、こんなに元気にはいられなかったよ』




(>Д<)

私を絶対ほめない母が…

死期が近いのか(泣)?
くらいびっくりしました…

正直
かなり親不孝な若い頃でした

よく
講演いくと
『どこの大学ですか』と聞かれるが

素敵な中卒な私


両親はまさか私が今のようになるとは思わなかったらしく


やっと親孝行できそうかなと…

(泣)


なんか、うまく言えませんが

ジンワリきた一日でした