みんなで洋楽を楽しむクラブに
いた時、部員は当然歌詞の内容
を知っているもんだと思い込ん
でいて、発言していたら、言葉
の意味がわからなくても洋楽を
楽しんでいる人が多いのだと
知って驚いた。
新しい部員が入ってきた時、
部長さんは、その場にいる人を
新入部員に紹介してくれる。
部長さんが私を紹介する時は
ナス美さんは帰国子女なんです。
といつも言う。
その「帰国子女」という言葉に
神経質になりすぎていた私は
一時期、その部長とゼッコウ
していたことがあった。
その時、毎晩のように部室に
入り浸っていた私が来なくなった
ことを心配してくれた部員が
訪ねてきてくれた。
部長が、帰国子女って紹介
するのがイヤなの…
と正直に告白したら、
えええっ?なんで?
と言う。
その時の会話で初めて、私は
部長さんがほめ言葉のつもりで
「帰国子女」という言葉を使って
いたことを知った。
この時までの私のイヤな気持ち
をハッキリした言葉で気づかせて
くれたのは、この本の中に出て
くる、早川雪洲の奥様の鶴子さん。
★セッシュウ!
中川織江 講談社 \2,500


鶴子さんは、オッペケペ節で有名な
川上音二郎の姪で、容姿がよかった
ので、子役として子供のいない、
音二郎夫妻に連れられてアメリカ公演
に行ったのです。
興行はうまくいったのに、収入を持ち
逃げされてスッカラカンになって、
身動きが取れなくなった音二郎が、
アメリカで成功を収めていた日本画家
の裕福な養父に、鶴子を金銭と引き換
えに引き取らせ、米国に置いて行った。
養父養母は人間的に素晴らしい人で
結果的に金銭と引き換える形には
なったけれど、かわいい鶴子さんを
こちら側で養育したい。そのお礼に
音二郎達を経済的に援助しましょう
という話だったらしい。
養父に引き取られた当時、9歳。
雪洲と結婚した後、夫婦で凱旋帰国
した時の鶴子さんの言葉…
日本語もまともにしゃべれない、
ヘンなおばさんな私…イヤだ…。
これこそが、私が部長さんの言葉に
反発していた原因。
もう1つ、私が自分の言葉に神経質
になってしまう原因を教えてくれた
のは、夫。
宇多田ヒカルさんが現在人間活動中
(休業中?)にもかかわらず、月1で
ラジオ番組を持っている。
それを2人で聞いていた時に、何気
なく夫が言った言葉
場末のバーのママみたいな話し方
するんだね。ナス美より年増っぽい…
これって…たぶん、宇多田ヒカルの
お母様、藤圭子さんのしゃべり方
なんじゃない?
異国で家族と暮らしている時、母国語
を話すのは、一番身近にいる母親と
だけ(兄弟とは滞在先の言葉の方が楽)
だから、その口調がうつってしまう。
その癖はずっと残る。
宇多田ヒカルさんの番組は、バイリン
ガルなFM局でしているので、英語より
日本語で話す時の方が、恐々しゃべって
いるのがよくわかる。
どんな人生だって、自分で選べる
事の方が少ないんだから、与えられ
た運命を、いい方向へ進められる様
に、工夫しながら生きていこう!

にほんブログ村

人気ブログランキングへ
いた時、部員は当然歌詞の内容
を知っているもんだと思い込ん
でいて、発言していたら、言葉
の意味がわからなくても洋楽を
楽しんでいる人が多いのだと
知って驚いた。
新しい部員が入ってきた時、
部長さんは、その場にいる人を
新入部員に紹介してくれる。
部長さんが私を紹介する時は
ナス美さんは帰国子女なんです。
といつも言う。
その「帰国子女」という言葉に
神経質になりすぎていた私は
一時期、その部長とゼッコウ
していたことがあった。
その時、毎晩のように部室に
入り浸っていた私が来なくなった
ことを心配してくれた部員が
訪ねてきてくれた。
部長が、帰国子女って紹介
するのがイヤなの…
と正直に告白したら、
えええっ?なんで?
と言う。
その時の会話で初めて、私は
部長さんがほめ言葉のつもりで
「帰国子女」という言葉を使って
いたことを知った。
この時までの私のイヤな気持ち
をハッキリした言葉で気づかせて
くれたのは、この本の中に出て
くる、早川雪洲の奥様の鶴子さん。
★セッシュウ!
中川織江 講談社 \2,500
鶴子さんは、オッペケペ節で有名な
川上音二郎の姪で、容姿がよかった
ので、子役として子供のいない、
音二郎夫妻に連れられてアメリカ公演
に行ったのです。
興行はうまくいったのに、収入を持ち
逃げされてスッカラカンになって、
身動きが取れなくなった音二郎が、
アメリカで成功を収めていた日本画家
の裕福な養父に、鶴子を金銭と引き換
えに引き取らせ、米国に置いて行った。
養父養母は人間的に素晴らしい人で
結果的に金銭と引き換える形には
なったけれど、かわいい鶴子さんを
こちら側で養育したい。そのお礼に
音二郎達を経済的に援助しましょう
という話だったらしい。
養父に引き取られた当時、9歳。
雪洲と結婚した後、夫婦で凱旋帰国
した時の鶴子さんの言葉…
日本語もまともにしゃべれない、
ヘンなおばさんな私…イヤだ…。
これこそが、私が部長さんの言葉に
反発していた原因。
もう1つ、私が自分の言葉に神経質
になってしまう原因を教えてくれた
のは、夫。
宇多田ヒカルさんが現在人間活動中
(休業中?)にもかかわらず、月1で
ラジオ番組を持っている。
それを2人で聞いていた時に、何気
なく夫が言った言葉
場末のバーのママみたいな話し方
するんだね。ナス美より年増っぽい…
これって…たぶん、宇多田ヒカルの
お母様、藤圭子さんのしゃべり方
なんじゃない?
異国で家族と暮らしている時、母国語
を話すのは、一番身近にいる母親と
だけ(兄弟とは滞在先の言葉の方が楽)
だから、その口調がうつってしまう。
その癖はずっと残る。
宇多田ヒカルさんの番組は、バイリン
ガルなFM局でしているので、英語より
日本語で話す時の方が、恐々しゃべって
いるのがよくわかる。
どんな人生だって、自分で選べる
事の方が少ないんだから、与えられ
た運命を、いい方向へ進められる様
に、工夫しながら生きていこう!
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
