先ほどの「歌舞伎座の怪人」の中で
男の嫉妬心について書いたけど、
たぶん、この本の影響かも…

★明治21年6月3日 山崎光夫
講談社 \2,200



この本の副題は、
(森)鷗外「ベルリン写真」の謎を解く

明治21年6月3日に、ベルリンの写真館
にて撮られた写真の登場人物全員を
割り出して、当時のベルリンで何をして
いたか、軍医であり作家の森鷗外の日記
を通じて、それぞれの人となりをさぐっ
ている話です。

手に取った時は、今でこそ検索エンジン
にかければ、たちどころにある程度知ら
れている人の写真は出てくるけれど、

この当時…226事件の頃だって、暗殺計画
を企てた人たち全員が暗殺相手の顔を把握
していなくて、立ち往生したなんて話を
聞いていたので、いくら当時の超エリート
=ベルリンに留学しているとはいえ、これ
だけの人数=19人全員を割り出すだけでも
大変な作業だっただろう。

どうやって、見つけ出したんだろう?
という好奇心だけだった。

まさか!お医者さんの本だったなんて!

病弱夫の妻のカンの鋭さに我ながら驚く。

この本を読んだ一番の感想は、

森鷗外さんの残っている写真が、陸軍
軍医ということで、いつも軍服を着て
姿勢良くしているから、厳しくてカチッ
とした人って印象だったのに、

森鷗外さん!けっこ~ダメダメ?

子供に、キラキラネームつけちゃって
るし…


長男→於菟(オト)、長女→杏奴(アンヌ)、
次男→類(ルイ)


北里柴三郎の体の屈強さ

細菌を研究する人は、この位細菌に対して
強くなきゃダメなのね…

当時はゴム手袋なんかないから、何でも
素手で扱っている。

北里先生は何ともないのに、アシスタント
で入った人達が、バタバタ細菌に感染して
弱っていく。人生60年の当時では珍しく、
享年80。

さぞや、Dr.コッホは頼りにしていたこと
だろう。

有色人種に対する差別がなければ、北里
柴三郎は、ノーベル賞をとっていたに
違いない。という作者の意見はうなずける。

政治的手腕もあるし。

1904年~1905年 日露戦争は、日露両軍
ともビタミン欠乏症との戦いであって、
国との戦争というより、戦う前から両軍
ともヘロンヘロンだったんだ…


日本陸軍は、全戦死者4万8千人中、
ビタミンB1不足によりかかる脚気(かっけ)
による死者、2万8千人!

実に60%もの兵士が戦わずして死んでいる。

対する露軍は、ビタミンC不足による壊血病
(かいけつびょう)に苦しめられている。

陸軍軍医の森鷗外さん、ダメダメじゃん

と感じた一番の理由は、脚気病原菌説に
縛られすぎて、兵食(兵隊の食事)改善を
しなかった姿勢。

北里柴三郎にも会って、(一緒に写真に
写っている)脚気の原因は、病原菌じゃない
と思うよって言われてるのに…

エレカシの宮本さんの言葉を借りれば、
自由がある女は、しがらみが取っ払えるけど、

陸軍と海軍のつばぜりあい、予算の関係、
田舎から兵隊を集めるために、どうしても
「白米」=銀シャリが腹いっぱい食べられる
ぞ!で釣らなければならなかった事情など
大変だったんだと気持ちは察します。

同じ日露戦争で、兵士の食事改善により、
脚気患者105人、死者を出さなかった海軍
は、イギリスから医学を学び、臨床重視
だった。

ここまで結果が出ていても、日本陸軍は
第2次大戦まで兵食を変えていない。

当たり前だけど、西洋食をとっている
ドイツ人達には、脚気という病気が
なかったために関心の外だったという
のも、鷗外さんがかわいそうだった点
なのかなぁ…

フクシマの悲劇といい、なんか
日本って、変わっていない感じ…

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ
にほんブログ村

健康と医療 ブログランキングへ