川端ちゃんと僕は長い間、進路指導部で生徒たちの面倒を見てきた同僚だった。
彼は真面目で僕はいい加減だから気が合った。
きっと皆さんは教師は夏休みも長くて羨ましがるかな。一般的な教師は当たってる。でもさ体育系の部活動の顧問はほぼ毎日練習があり、余り休め無い。
あとさ、国語、英語、社会科の教師は進学の為の講習会があり登校した。僕は剣道部と講習会、進路相談がありほぼ毎日登校した。
特別手当なんて無くてボランティアだった。
でもさ、生徒たちと過す時間は楽しかった。
元へ、川端ちゃんは子どもに対して教育熱心
で、時々子どもを連れて来ては別室で勉強させてた。多分、塾のテキストをやってた。
僕も同じく子どもを連れて来たけど、サッカーのリフティングなどをやってた。
僕は定年の60歳で退職したけど、川端ちゃんは教師を62歳まで続けて、突然退職をした。
しばらくして彼から電話がきた。
僕に会いたいとの事だった。彼の家は新大久保だった。彼んちの周りはコリアタウンだった。2人で喫茶店に入り話をした。
彼は (不安神経症)_を発症したと言った。62歳で退職したのも声が震えて授業が出来無くなったと告白した。
(何が原因で不安神経症になったの)_と尋ねるも彼は (分から無いだよね)_としか言えないみたいだ。
たしかに、声は震えてるしコーヒーカップを持つ手が震えてた。
そして、近々病院に入院するとも言った。(退院出来るのかな)_って寂しそうだった。進路指導部での生徒の思い出話をした。
喫茶店では1時間半位を過ごした。帰り道では2人で新大久保駅まで行った。僕は駅で切符を買って横断歩道先を振り返った。
彼が横断歩道先の向こうから手を振りながら
(ありがとう)_と叫んでた。僕は不覚にも涙ぐんでた。
ありがとうございました。感謝、感謝