あしたのジヨウの漫画は面白かった。

特にラストシーンは胸に刺さる。

    其れ以前にライバルの力石徹をカウンターをテンプルに決め力石徹は頭からマットに沈め死亡させてる。


    矢吹丈の最後の相手は絶対王者のホセ、メンドウサだった。パンチドランカーになる恐怖を抱え死闘を繰り広げ自分のコーナーの椅子に座り込み呟く。


     髪の毛まで真っ白になって微笑みながら言う (燃え尽きたよ  _真っ白に__燃え尽きたよ_真っ白な灰に)_ジヨウは判定で敗れた。


    此の場面は (あしたのジヨウ)_のラストに相応しい幕引きだった。

    皆さんもジヨウほどでは無いにしても、会社での成功や失敗で燃え尽きた事が有ると思うけどな。


    僕ですか〜?_大学院に合格した時かな。

其の合格で教師に成る希望の扉が開いたからだ。僕は商学部卒なので商業の教師だった。


    僕がなりたかったのは社会科の教師だった。

3年生からの学士入学も可能だったけど、何故か大学院に憧れた。


     大学院の主任教授の木村教授に電話して聞くと (君ね無理だから止めなさい)_との返事だった。まさに、テンプルへのカウンターが決まったね。

     僕は若かった訳では無いんだ。バイト人生で25歳になってた。


    マットに沈んだけど立ち上ったよ。そして昼間はバイトで夜は勉強だった。睡眠時間は3時間位かな。其れを1年間の独学だった。


     実は明治大学の前に立教大学大学院に敗北してた。完全にマットに沈んでた。だからこそ明治大学大学院の発表は怖かった。


    大学院の奥の掲示板に合否発表の一覧表が貼られてた。立教の敗北を胸に思いきって見た。

僕の受験番号が合格欄にあった。


    マジに腰から床に崩れ落ちたよ。(俺の人生が開いた)_と思ったよ。ジヨウほどでは無いにしても燃え尽きた感覚が全身を包んでた。


     次は修士論文の作成が待ってた。修士課程は通常2年間だが僕は3年間掛かった。1年間留年して原稿用紙150枚位を製本して提出した。


     修士論文査定の日がやって来た。テーブルを挟み5人の教授が並ぶ。中央には木村教授が座ってた。1時間半位の質疑応答だった。


     木村教授が (合格)_と告げた。そして、(君が僕に電話してきた学生かね)_(ハイ)_と答えると

(良く頑張った)_僕は (ありがとうございました)_と答えて退室した。


    ウワッ緊張した。後書きに其れらしき事を書いてあったんだ。けど、マットの上で大の字になり、(やり切った)_と叫んでたね。


    僕の担当教授に報告すると、オファーのあった私立学校の一覧表があった。

     共学希望だったけど、他の奴に取られてた。仕方無く下宿から近いB女子高校にした。


     其の時には子どもも居たからね。其の高校に行って校長と雑談しただけで採用が決まった。

恐るべし大学院の効果だった。


     僕は29歳になってた。随分と回り道をしたもんだ。バイトの帰り道に教師になりたいとの天の声を聞いてから6年後の勝利だった。


     矢吹丈とは反対の勝利の燃え尽き症候群だった。

ありがとうございました。感謝、感謝