反日暴動が起きてまだ間もない、10月1日に僕は北京に入った。
街はいつもと変わらない。
しかし、車に中国国旗を掲げていたり、魚釣島は中国のものだと主張したステッカーを貼っていたり、壁に絵を描いていたりする。いつもにまして反日感情が高ぶっている。
イトーヨーカドーも営業していたが、いつもより客足は少ないようであった。


日本に対しての想い、それは良くも悪くも中国人誰もが持っている。
そして日本人よりもずっと相手のことを意識している。
日本人よりもずっと日中戦争の事を知っている。


反日ナショナリズムは、現実とはかけ離れたイメージなのかで、ますます大きく膨らんでいく。
でも実際は、すべての人が反日一辺倒ではない。日本車や日本製品は好きだし、日本=安全、安心というイメージを強く持っていて、
商品のパッケージに無意味に日本語を使っている。ぼくが鉄道を使って旅行した時には、日本好きの車掌さんが、僕が日本人だと分かると
日本のここがすごいというのを周りの中国人の乗客に向かってべらべらしゃべりだした事もある。
中国人は日本に対しての想いは十人十色である。多くの中国人は僕が日本人だと分かると、気を遣ってくれる。表立って、日本の悪口は言わないし、
中国国内を一人で移動している僕のことを心配してくれる。日本のことをよく思っていなくても、それを日本人を前にして、口に出すか殴り掛かるかは
別の問題なのだろう。


今回、抗日の記念館にもいくつか訪れた。
やはり、軽いものではない。
中国人の歴史観、いや、想いと言った方がいいだろうか。ぼくの全身に覆い被さってくるのを感じた。
日本軍の軍靴の音やラッパの音が聞こえるような気がして、
更には日本軍に対する恐怖のようなものを感じた。おそらくここへ訪れた人々は少なからず、同じような体験をしているのだろう。

特に南京市にある南京大虐殺記念館は、国の愛国教育の重要拠点だ。平日だというのに多くの観光客でにぎわう。
中に入ると、やたらと犠牲者30万人という文字を強調しているのが目につく。日本兵が行った殺戮、略奪、強姦などの蛮行はもちろん、戦争で犠牲になった人の骨をも展示している。
残念だが、多少なりとも愛国教育と政治利用されているのが現実であろう。
しかし、当時の様子を詳しく知る事ができることは、とても大切な事だ。
それに中国人観光客は純粋に信じている。それが揺るぎない史実であることは、疑う余地もないのだ。

日本人元隊員のこんなメッセージが展示してあり、ぼくの心に残った。

五十年近い歳月の間 胸に抱き続けていた謝罪と悔恨の思いを今日現すことが出来た。元隊員であることの身分を明らかにしての訪問は、余りにも心の重いことであったが、私は私なりに ひとつの区切りをつけたかった。 合掌 1987. 6. 15


かつて日本が行ったことを否定する政治家が日本にいることが、中国人には理解できない。
しばしば、ナチスドイツが行ったホロコーストと比較する。ドイツは徹底的に反省しているのに日本はどうしてと言う。ドイツの戦争に対する責任の取り方には、賛否両論あるようだが、中国の人は純粋にそう思っているのだ。

そんな中国人の想いを垣間みる事ができた。



各地での取材を終えて北京に帰ってきた。
帰国数日前、僕は北京でタクシーに乗った。どこから来たのかと言うので、日本から来たと言うと急に運転手の態度が変わった。
日本人は乗せられないというのだ。どのタクシーでも日本人は乗車拒否すると言う。
中国に来てから初めての事だった。中国に来てからずっと、どこから来たのかと訪ねられる度に、日本人と言い張ってきた。
反日という現実を突きつけられた瞬間だった。その後なんとか目的地まで連れて行ってもらえた。

やはり反日は存在するし、根深いことを実感した。

中国と日本。
生活習慣も考え方も違う。
受ける教育も育つ環境も違う。
似ているようで、全然違う。
違うようで、でもやっぱり似ているところもある。


考え方や価値観は相容れないかもしれない。


でも、
ただ相手のことを理解しようと努めること。
相手のことを尊重すること。

それだけで十分なんじゃないかと思う。

日本と中国、古代より互いに影響し合ってきたぼくたち。大和が金印を授かったときから始まり、遣唐使、遣隋使を経て、
ぼくたちがいがみ合っているのは、2千年の時間から考えてもほんの100年くらいの間だ。
あの戦争から70年が経とうとしている。
日本から約20万人もの開拓団が大陸の土を踏んだ。
ソ連が攻めてきた時、開拓団の日本人はせめて子どもたちだけでも
助かればと自分の子どもを中国人に預けた。
中国の養父母は、日本人の子どもを自分の子どものように育てた。


戦争を通して交流し、切っても切れないつながりができていることもまた事実だ。


ぼくたちは互いに協力する為に生まれついたのであって、共生することでしか互いに存在できない。
それは、過去も現在も未来も、絶対に揺るぎないこと。


そのことが前提にあって、そして、互いに違いを認めながらも、強くつながっているんだ。

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