こんにちは ☺︎
またまたやってきました
ありがとう習慣 ୨୧
二人がお空に帰ってから
優芽 6年・優月 5年
祖母が旅立ってから 2年
2017年は、人間の『欲』について
とても考えた 1 年でした 。
それは、良い距離で付き合えば 味方に
でも近づきすぎると 支配されてしまう
恐ろしいものです 。
昨年、高次機能障害を持った父が
色々あっててんかんになり
一時自分の意思で体を動かせなくなりました
両親は5年生の時に離婚しているので
父とは年に1〜2回会うくらいです 。
わたしは長女です。
両親の都合で離れたとゆうのに
いざとゆうとき、私は駆り出されます。
もちろん母は助けてくれません。
面倒見るわけないの一点張り 。
入院に至るまで振り回されすぎてしまい
実は何度も自分を見失いました 。
もう駄目だと思う時
いつもは気づける身の回りの小さな幸せを
気づける自分がいません 。
でも最終的に私をいつも止めるのは
いつも、優月とのゆびきり でした 。
(トプ画)
私は自分にこれまでふりかかった色々な壁を
乗り越えた経験から、自分は大丈夫と
自分の『気持ち』『意思』を
後回しにしていたことに気づきました。
ありのまま って私には難しいのです 。
でも、ワガママでも人に嫌われてもいいから
駄目な部分の私を隠さずに、
私をもう少し受け入れたい 。
正直天使ママなのに
最終的を思ってしまう自分が
情けない母だとそれも辛いのですが
私は今も天使達にかなり助けられています 。
本当にいつもいつもありがとう ❁
父は2ヶ月かけて今は嘘のように元どおり
趣向品に蝕まれていたころより
はるかに歩くのが早い (°_°)‼︎
まったく動けないところから
元気になっていく父の様子をみて
『欲』がでてくるまでの
『人間』とゆうものも間近で感じました 。
そしたらちょうどテレビでもやってて 。
愛だの自分は何だの幸せとは何かだの
考えてる人は暇なんですよって 。
確かに、父も最初は
生きることにしか欲がなかった。
保育器の中の未熟児のようだった 。
でも満たされぬ心の何かを埋めるために
欲がひとつ、またひとつと増えていきました 。
これは回復傾向の中ではいいことですが
度を超えてくるだろうことを
私は見込んでるので
父の欲を聞くのが
今はまだ少し怖いのです 。
父は倒れるまでの騒動を覚えていません 。
私が切羽詰まってもやってきたことを
何1つ知りません 。
家族の介護の辛さを
なんて言ったら怒られると思いますが
介護とゆう扉があるとしたら、
鍵穴から中を覗いてみた感じがしました。
介護施設で働く若者達が私には
偉くて偉くて輝いてみえます (・⍛・̥̥̥)
父親1人の面倒を見れない自分も嫌です。
今回の騒動で母も協力すると
言ってくれるようになって 。
私自身も『欲』と上手く付き合って
いかければならないなと改めて感じました。
もう、自分を見失うのはこりごりです 。
私も『生きる』だけの欲を大事にしたい 。
2018年は何を学ぶのだろう 。
どんな学びであっても
自分を深める良い学びに
変換していけますように ☺︎
