何年も前の話。

 

その日は夏真っただ中、とてもムシムシしていて、午後からはあちこちに雷雨も発生していました。

 

もうすでに一日中飛んでホーム空港に帰ってきた後に、マネージャーからもう一回飛んでくるように言われました。

 

あと1時間で出発しないと、勤務時間制限以内に帰ってこれないという状況。

 

お客さんのバッグを飛行機に積んだり、機体の点検したり、走り回って必死に準備してようやく出発...

 

と思ったのですが、エンジンを始動した直後に、列になった雷雨に行く手を阻まれてやむを得ず出発を断念。

 

びしょびしょになって屋内に入ってきた機長と自分にマネージャーから投げかけられたのは、労りの言葉ではなく、

 

「なんで飛べないんだ?!雷雨くらい避けられるだろ?!行けよ!」

 

 

...

 

 

 

私たちパイロットは日々いろいろなプレッシャーと闘っています。


それは例えば定時運航率だったり、コスト削減のため防除氷液の使用を抑えるよう言われたり、危険がある中で飛ぶように言われたり...

 

そしてそれは決してパイロットだけでなく、人命を預かる職業すべてに共通するものです。

 

私たちの最終的な目標は「安全」です。命より大切なものはありません。

 

その「安全」を守るべく、私たちは日々たくさんの決断をします。

 

その決断に至るまでの思考プロセスの中、外からのプレッシャーで「安全」が最優先でなくなった時、事故が忍び寄ってきます。

 

 

 

自分は今まで数々の会社で働いてきました。

 

そのほとんどの会社が、パイロットが決断に至るまでのプロセスに介入することに対する危険性を理解して、私たちの意見を最重視してくれました。
 

安全が最優先であるべき現場にコストを持ち込むと事故につながる。

 

安全が最優先であるべき現場に実績やパフォーマンスを持ち込むと事故につながる。

 

という事を、会社全体で理解していたのです。

 

この会社全体の安全に対する姿勢は、お金を掛ければ数日でできるようなものではありません。

 

長い間、会社のトップから始まり、運航に携わる1人1人の安全第一の意識が積み重なった結果が、安全な社風に繋がります。

 

 

 

しかし、先ほどの話にも出てきたような会社もありました。

 

飛ぶように迫ってきたマネージャーは、営業部門の方でした。

 

彼らにとって、飛ばない=損失 

 

であり、

 

安全=飛ばない 

 

の自分たちとの意識の違いは明らかでした。

 

立場的にも経済的にも、弱者である私たちが「No」と答えるのは、とてつもなく大変な事でした...

 

 

 

そんな会社を、知床での痛ましい事故のニュースを見ていて思い出してしまいます。

 

重なる事が本当に多いのです。

 

会社からのプレッシャーに嫌気をさし、会社を去っていったベテラン達。コスト削減で整備/設備を疎かにした結果で質の低下。そして他社がキャンセルするような中でも、社風として「飛ぶこと」が当たり前になってしまった現状。

 

 

もちろん現時点で報道されている事すべてを、そのまま信じているわけではありません。

 

これから出てくる事実もたくさんある事でしょう。

 

だれを責めたく書いているつもりはありません といっても偽善に聞こえると思います。自分で書いていても、会社を責めていると感じられても致し方ないと思っています。

 

ただ、船長の「出港する」という決断を非難する声が見られる中、もしかしたら表には出ないような所で、とてつもないプレッシャーを感じていた可能性があるかもしれないという事を書きたく、キーボードを叩いています。

 

 

 

行方が分からなくなっている方達の一刻も早い救助、そして事故にあわれた方々のご冥福をお祈りすると共に、遺族の方々へ謹んでお悔やみ申し上げます。

 

このような事故が二度と起こらない事を祈っています。