先日、那覇空港を出発したJAL機のエンジンの1つに異常が発生し、那覇空港へ引き返すインシデントがありました。問題のエンジンはファンブレードに破損が見つかっており、エンジンのカバーも空中で外れてしまう事態にまで及びました。高速で回転しているファンブレードは1枚でも破損すると、破片が多大な衝撃を与え、ファン全体のバランスが崩れて激しい振動を生じさせます。

 

そんな状況の中、無事に飛行機を那覇空港へ着陸させたパイロットとクルーは称賛されるべきで、これも日頃から行っている厳しい訓練の成果ではないかと思います。

 

そこで今日は以前から質問のあった、パイロットの訓練に関して書こうと思います!

 

エアラインパイロットが受けなくてはいけない訓練には色々な種類があり、それぞれ受けなくてはいけない頻度も違います。また、会社や国によっても訓練は大きく変わってきます。ここでは、自分の経験からお話しさせていただきます。

 

エアラインパイロットが一番多く受けることになる訓練半年に一回のシミュレーター訓練です。自分が経験した中から言うと、一回のシミュレーターは4時間のセッションで、1日目にシミュレーターで訓練を行い、2日目が試験になります。

 

シミュレーター訓練では毎日行っている基本的な操作に始まり緊急時の対応まで、幅広い状況を再現し、身についてしまった運行手順と違ういらないクセが指摘されたり、普段経験することが少ない悪天候時の手順や、緊急時にもしっかり対応できるように訓練します。

基本的な流れとしては、実際の運航のように、ゲートに停まっている飛行機に乗り込むところから始まり、だいたい45分以内で出発できるように機体のセットアップやブリーフィングを行います。その後プッシュバック→地上走行→離陸→ある程度の高度まで上昇したら、失速や緊急事態の訓練をします大抵の場合、エンジンに問題が発生し、パイロットによるエンジンの緊急停止した後に、残りのエンジンで無事に着陸させる流れになります。

その後、機体をシミュレーター内で空港近くに移動させ、悪天候時や他のタイプのアプローチの練習をしたりします。また、離陸時のエンジントラブルや、離陸中断などの訓練もおこなわれます。シミュレーター内で飛んでいる時間の半分は、片方のエンジンが止まっている状態で飛んでいると言っても過言ではありません!

 

2000年代に入ってから注目されている訓練が、LOFT(Line Oriented Flight Training)と言って、「もっと実際の運航に基づいた訓練内容にしよう」という訓練です。以前の訓練は緊急時への対応が中心で、エンジントラブルや重大なシステム異常が中心でした。そして、事あるごとに機体をシミュレーター内で移動して他の状況に切り替えて再開...というのを繰り返す訓練で、各シーンの繋がりがありませんでした。LOFTは重大な機体トラブルだけでなく、普段から遭遇しそうな天候に関するトラブルや、客室でのトラブル、考えられる現実的なトラブルすべてが訓練対象になります。そして一定の継続性も重視され、出発から到着まで一つの流れの中で訓練が行われます。例えば以前だったらエンジントラブル後、パイロットの緊急時の操縦がだけが評価されて、それ以降の情報収集、状況判断、客室やディスパッチャーとのコミュニケーション、乗客へのケア、などの面に関してはあまり重視していませんでした。しかし、多くの事故とクルー・リソース・マネジメント(CRM)の関係性が指摘されるにつれ、CRMが試されるトラブル発生後の環境での訓練も見直され、CRM重視のLOFT訓練が導入されるようになりました。今までは年2回の試験のうち、1回がLOFTでしたが、今の会社ではほぼすべてのシミュレーター試験で何らかのLOFT形式のシナリオが採用されています。

 

シミュレーターでは色々な場面での訓練が行われますが、たぶんパイロットが一番緊張するのが離陸時の訓練です。知っている方もいるかもしれませんが、離陸中にパイロットは2つのスピード、V1とVrをコールアウトします。Vrはローテーション(機首上げ)するのに十分なスピードがあることを意味しており、Vrがコールされたら操縦を担当しているパイロットは機首を上げ離陸します。V1は離陸決心速度と言って、「V1以上のスピードが出ていたら何が起きても離陸を続ける」という意味があります。というのも、V1以上のスピードが出ている状態で離陸を中断しブレーキを思いきり踏んでも、残りの滑走路では安全に止まることができない、というのがV1なのです。そして、毎回シミュレーターで試されるのが、V1直後に片方のエンジンに重大なトラブルが起きる訓練で、「V1カット」や「EFTO(Engine failure on take-off)」と呼ばれています。パイロットはV1直後に片方のエンジンが止まる、または火災・破損した状態で離陸を続行し、無事に飛び立ち安全に空港に着陸することを求められます。緊張する理由としては、機体によっては少しでも反応が遅れると滑走路から逸脱したり、操縦を誤ると失速する可能性もあり、あまりミスをする余地がないからです。その上、飛行機の操縦の多くがチェックリストに頼ってするのですが、こういう1秒を争うような状況では記憶に基づいて速やかに対応操作をしなくてはいけません。B787など最新の飛行機は、コンピューターが状況分析や操作の面でも結構手助けしてくれてかなり楽なのですが、昔操縦していたDash8は左右のエンジンの計器を一つ一つ見比べてエンジンの状態を判断し、それに基づいた的確な操作が必要だったので、慣れるまでは緊張しました。

 

他のシミュレーターでの訓練内容としては:

失速訓練:機体をわざと失速させて、その際の兆候や失速からの回復の手順をおさらいします。

緊急降下:高高度での機内の急減圧への対応訓練です。パイロットは急減圧を察知するのと同時に酸素マスクを着用し、酸素が十分にある10,000フィート/3000mまで機体を緊急降下させます。

急旋回:通常の運航では旋回時に30度以上のバンクをとることはないのですが、この訓練ではスティープターンと言って高度を保ちながら45度までバンクをとり、操縦能力を試します。最近のCRM重視の訓練では、やる機会が減ってきているように思えます。

悪天候時の訓練:アプローチにも色々と種類があるのですが、悪天候で視界が悪いと利用できるアプローチも限られてきます。最も悪天候時に利用されるILSのCATⅡとCATⅢは、それぞれ普段と違うコールや準備が必要なので、そのための訓練です。

ウィンドシア訓練:ウィンドシアは急激な風の変化で、アプローチ中の飛行機の速度に急な変化を生じさせ、失速などの危険に繋がります。アプローチ中にウィンドシアに遭遇した場合、フルパワーで着陸復行を行います。

CFIT訓練:CFIT(Controlled Flight Into Terrain)とは、パイロットが衝突の可能性に気付かないまま山や地面、障害物に衝突する事故で、パイロットの注意力の低下や方向感覚の喪失による場合が多いです。早いうちから警報装置が開発・搭載され、万が一警報が鳴った場合はフルパワーで急上昇を開始します。

 

この他にも、速度計不良やマイナーなシステムトラブルなど、色々な訓練があります。パイロットの新しい機体への移行訓練の場合、ほぼすべての緊急事態の訓練をするのですが、その後の訓練では、実際に起きたインシデントや、パイロットたちが訓練中に苦労しているエリアをデータとして集めて、訓練内容やLOFTのシナリオが組まれます。

 

パイロットの訓練はシミュレーターだけに留まらず、座学のコースもあります。まず、自分の会社の場合、1年に一度、機体システムをオンラインコースで復習し、テストに受かる必要があります。他にも、危険物取扱、緊急時のサバイバル、爆発物による脅迫、高高度に関する知識、新たな運航規程、雪氷等に覆われた滑走路への規定、などなど運航に関するたくさんのオンラインコースを受け、それぞれのテストに受かる必要があります。

他にも1年に一回、CRMの座学形式の訓練も受け、その中にはフライトアテンダントと共に座学を受ける時間がある会社もあります。

 

パイロットの訓練と言っても、操縦能力だけでなく、他にもいろいろな所で訓練を実施しているのです!