皆さんは、車を運転中にオレンジ色のエンジン警告灯が点灯した事はありますか?

 

エンジン周りの故障や異常を知らせてくれるエンジン警告灯なのですが、皆さんはこのランプが点灯した時にどうしていますか?

きっと、「近いうちに点検に出せばよい」と言って、すぐその場で止まって整備士に連絡するという人は少ないと思います。

 

実は飛行機の運行にも、このように「後から整備」することによって、効率的に運行する工夫がされています。

 

そこで今日は、効率的に運航と整備を両立させるために欠かせないMEL(運用許容基準)について書きたいと思います!

 

整備vs運行!どちらを優先??

皆さんは飛行機の整備と聞くと、でっかい格納庫でエンジンを取り外された飛行機を想像する方もいるかと思います。

 

しかし整備にも種類があり、格納庫で行われる大掛かりな整備に比べ、毎日の運航中に発生する故障や点検をフライトの合間に整備することを、ライン整備と呼びます。

 

日々起こる故障に中には、「客席の座席のモニターがひとつ真っ暗」などという小さいものから、「エンジンに不具合を示すライトが点灯した」などと、いろいろな種類の故障が起こり、それぞれ運航に与える影響も違ってきます

 

もちろん、客席のモニターがひとつ故障していても、飛行機の安全には支障がなく運行できるのですが、もっと重要な機器の場合などは修理が完了するまで遅延、または機種変更せざるを得ないなど、オペレーションにも影響してきます。

 

モニターひとつのために遅れて出発したり、もし飛行中に故障したとしても、最寄りの空港へダイバートするなんてありえないですよね。また、目的地で故障が発見されて、自社の整備士が来るのを待っていたりしたら、とても効率的な運航はできなません。

 

では、どのような故障なら運航できて、なにが故障していたら運航できないのでしょう??

 

そこで重要になってくるのが Minimum Equipment List、通称「MEL」です!

 

MELとは??

MELは日本語では「運用許容基準」といい、JALの航空実用辞典によると「航空機に故障が生じたとき,運航の安全を害さない範囲で,この故障の修理を持ち越すことができるかどうかを判定するための基準」という事になっています。

 

MELは「List」という文字が入っている通り、故障しても修理せずに運航しても大丈夫な設備のリストで、そのリストには運航するのに最低限、正常に作動していなくてはいけない装備も同時に記載されています。

 

MELは、その飛行機の製造会社が製作するマスターMEL(MMEL)と、運航上の環境などを考慮してMMELを基に各国・各航空会社が独自に作成する物がMELになります。両方とも、監督当局の了承を得ないと使用できません。

 

飛行機には数百万点の部品があるので、MELも数百ページに上る膨大なリストです。

 

「そんなに故障してもいい部品があるの?!」と思われるかもしれませんが、飛行機は信頼性確保のため多重の設計がされており、毎回のフライトでは使われない装備品もたくさんあります。また、それぞれの部品・装備品の信頼性もきちんと評価されており、たとえ予備の装備品で運航していても、その設備が故障する確立などを総合的に見た結果、安全上支障をきたさないと評価された設備がMELには載っています。

 

MELには設備のリストと、それぞれの運航上の制限が書いてあります。この制限とは、予備の装備を使い運航する上で、フライトの安全性が損なわれないようにするため、他の装備が通常通り動作していることが要件だったり、運航環境に関する制限だったりもします。

 

簡単な例を出すと、飛行機の翼の先についている赤と緑のナビゲーションライト。昔の飛行機は頻繁に電球が切れてしまうので、大抵の飛行機には予備のナビゲーションライトが装備されています。

この場合、たとえ本来のナビゲーションライトが故障していても、予備のライトが動作していれば、修理の持ちこしが可能で、MELを適応して何の制限もなく出発することができます。

更に、もし予備のライトもつかない場合のMELもあり、「日中のフライトなら運航してよい」という制限がつきます。

 

MELの中にはエンジンに内蔵されている発電機のような、けっこう重要な装備も含まれており、そのような時は運航の制限も多くなり、クルーの負担になることもあります。

 

飛行機はいつも故障中?!

では実際どれくらいの頻度でMELが適応されて運航されているのでしょう?

 

正直なところを言うと、ほとんどのフライトでMELが適応されています!

特に部品数の多い大型機は、ほぼすべてのフライトで何かしらのMELが適応されています。

 

最近は、飛行機の電子化が進み、物質的な部品に加え電子的なコントローラーの数も増え、システムの不具合による故障もよく見かけるようになりました。

 

客室内でも、シート、またはギャレーのハイテク化などで装備品数も増加し、その分客室でのMELもよく見ます。

 

しかし実際に運航に、手順の追加などで何かしらの影響を与えるMELはたま~にあるくらいです。

 

いずれにしろ、運航するかの最終決定は機長にゆだねられていて、もし機長が飛行の安全が確保できないと判断したら、故障個所を直すか機種変更という事もありえます。

 

実際のMEL適応例!

一番最近あったのが、統合冷却システムと、APUコントローラーでした。

 

冷却システムは主にギャレーの冷却に使用されるもので、コクピットからはコントロールもできないのでパイロット側としては特に支障なし。客室内が暑くなるようだったら、CAさんがエンターテインメントシステムを抑熱モードに切り替えるように書いてあったぐらいです。

 

APUコントローラーも、2つあるうちの1つが不作動だったらしいので、整備士さんが機能を停止させて、もうひとつのコントローラーで制限もなく運航可能でした。こちらもコントロールができるものではないので、パイロットとしては特別な手順もありませんでした。ただ、一応もう一つが故障した場合を考え、クルーの間でAPUが動かなかった時にどうするか話し合いました。

 

実際に運航に影響を与えてくるMELの例に、APUがあります。

APUは補助動力装置といって、飛行機のしっぽにある小さいエンジンの事で、ゲートでなどメインエンジンが稼働していない時に電気や空調を供給します。また、メインエンジンをスタートする際は、APUからの高圧空気をや電気を利用してエンジンをスタートします。

 

APUが故障していると、ゲートを離れる前に地上からの高圧空気や電源を利用してエンジンをスタートさせるので、普段と違った慣れていない手順になり、またそのための特別な装備も持ってこなくてはいけないこともあり、遅れにつながることもあります。

 

出発した後も、緊急時に着陸できる空港から離れすぎないように、ルートも変更され、北極点のような遠隔地上は飛行できないなど制限が出てきます。

これは、もし巡行中にエンジンがひとつ停止した時、APUがあれば電源は2つ(もう一つのエンジンとAPU)確保されているのですが、もし最初からAPUが故障していれば、飛行機の電源は1つだけとなってします。1つのエンジンでも、飛行に必要な電力は賄えるのですが、その状態での長時間のフライトは避けるべきとの観点からの制約になります。

 

B787のMMELを実際に見てみよう!

「えっ!!MMELって機密情報じゃないの??」って思われるかもしれませんが、B787のMMELがアメリカの航空局・FAAのサイトで公開されています!

 

実際のB787のMMELのリンクがこちら↓

http://fsims.faa.gov/wdocs/mmel/b-787_rev%2012.pdf

 

ここで、さっき例として出したAPUの部分を見てみましょう!

 

(資料:FAA

 

ご覧のようにMELは数個のセクションに分かれていてます。

左の赤い線の所が、設備の名前と、その設備に振り分けられたナンバーが書いてあります。APUのナンバーは49で、その中でもさらに細かい設備に分けられています。例えば、49-11-01はAPU自体で、49-15-01はAPU Air Inlet Door Actuation System、つまりAPUの吸気口ドア開閉システムとなります。パイロットの手元に渡るフライトプランにも、この番号が書いてあり、出発前に運航上の制約や追加の手順の確認をします。

 

オレンジの線の所が、機体に何個設置されているかで、緑の線の所が出発するのに必要な数になります。APUの例を見ると、設置されている数は1つで、出発するのに必要な数は0個となります。つまりAPUが故障していても、出発できるという事です。

そして最後の紫色の所には、制約が書いてあります。この場合、a)左のAPUコントローラーが正常に動作して; b)エンジンに付いている発電機が正常に動作して; c)非常時に着陸できる空港から180分以内で航行すること; となっています。

北極圏で運行する会社はこのMMELに、d)北極圏では運航しないこと; などの制約をMELに追加しています。

 

最後に、設備の名前の隣にある「C」の所は、修理しなくてはいけない期限で、A B C Dのどれかが書かれます。Aが「記載された期限」、Bが「3日以内」、Cが「10日以内」、Dが「120日以内」などと決められています。このAPUの場合は、故障が発覚してから10日以内に直さなくてはならず、それ以降はMELを適応して運航することはできません。

 

 

まとめ

●MELは、飛行機に搭載された設備が故障した際に、安全性を損なわず運航できる最低限の装備品のリスト。

●航空会社はMELにのっとり運航することで、不要な遅れやフライトのキャンセルをせずに、効率的に飛行機を運用できる。

●MELはほとんどのフライトで適応されているが、運航上の制約や追加の手順が必要になってくることはそこまで多くない。

●MELがあるから、ずっと故障したまま運航できるわけではなく、あくまで修理の持ちこしとしての手段。

 

いかがでしたか?

MELが適応されていても、乗客の皆さんに影響が出るようなことはほとんどありません。

乗客の皆さんが気付かない裏側の世界で、整備士さんやディスパッチャー、パイロットが安全を第一に考えながら、フライトを運行するために一生懸命努力していることを知っていただけたら嬉しいです!