国土交通省航空局が設定した羽田空港の新飛行経路が、2020年の3月29日から運用を開始されることとなり、多くの飛行機が都心上空を飛ぶことになります。

 

都心を飛ぶにあたって、騒音対策と落下物への不安などの点から、アプローチの降下角を一般的な 3.0°から 3.45°へ大きくしたアプローチが登場しました

 

これについて、「本当に安全なのか?!」との声も見受けられます。そこで今回は、数年前まで普段から 3.5°のアプローチを実際に飛んでいた自分が、パイロットの観点から見て安全なのか書きたいと思います!

 

なぜ新ルートが必要?!

まず、そもそもなぜ新ルートが必要なのか。

 

知っている方も大勢いるかと思いますが、ふだん飛行機は風に向かって離着陸します。ふつう何も制限がない空港では風向きが変わると、使用する滑走路も180度反対側からに変えて運用します。

 

しかし羽田空港は北側に都心があり、騒音などの点からいままで上空を飛ぶルートは設定されていませんでした。

 

(資料:国土交通省

 

国土交通省からの資料によると、現行の滑走路の使い方では南風の時に、北側からのアプローチができず、離着陸機のルートが交錯することになり、どうしても効率が下がってしまいます。

 

そこで新しく設定されたルートは、都心の真上を通ることで飛行機同士の交錯をなくし、効率の良い滑走路の運用ができるようになります。

 

また、北風時も離陸する飛行機のルートも見直され、こちらも効率が上がるとのことです。

 

(資料:国土交通省

 

今回新しく登場したのは、ランウェイ16Rと16LのILSとRNAVの2種類です。

そしてこのRNAVアプローチの降下角が3.5°に設定されています。ILSは一般的な3.0°のままです。

 

ILSは地上からの電波によって飛行機を誘導でき、精度も高いので悪天候なのど雲が低い時に重宝されます。

 

RNAVはGPSを使ったアプローチで、飛行機は地図上のポイントからポイントへGPSを使って飛んでいきます。電波による真っすぐの誘導しかできないILSに比べて、誘導空路がある程度カスタマイズでき、羽田の新しいRNAV16Lのアプローチでも最終アプローチコース(滑走路の直線上)に乗るのは滑走路から14.8kmのあたりで、その前までは住宅密集地を避けるなど、ある程度ルートを設定できます。おなじ16LのILSの場合、滑走路から19.5kmのあたりで最終アプローチコースに乗るので、RNAVアプローチの優位性がわかるかと思います。

ただしRNAVは高度の精度に改善の余地があり、悪天候時に計器だけを頼りに降下できる最低降下高度がILSに比べて高く設定されています。

 

すこし技術的な話になるのでとばして頂いても構わないのですが、計器アプローチと言っても、GPS、ILS、VORなどの設備を使った色々なアプローチの種類があるのですが、現在いちばんの制度を誇るのが、滑走路からの無線信号を使うILSです。 2つの種類の信号でそれぞれ、左右のズレと的確な降下角度(基本3°)を示してくれます。この信号をもとに飛行機は雲の中で滑走路が見えなくても、正確に着陸地点へアプローチでき、最低降下高度(デシジョン·ハイト/DH)と呼ばれる高度で、まだ滑走路が見えなかったら進入復行(ゴーアラウンド)しなくてはなりません。

この最低降下高度はアプローチの精度によって高さが変わり、例えば降下角度の情報がなく、左右前後に2Dでしか誘導してくれないVORアプローチだと500フィートから300フィート(100フィートは約30m)ぐらい、より精度の高いILSでは200フィートぐらいで着陸するか断念し進入復行するか決めます。

羽田の場合、この最低降下高度は、ILSの方が両滑走路とも200フィート/61m、そしてRNAVの方が511フィート/156m(16R)と554フィート/169m(16L)となっています。

 

つまりRNAVアプローチは天気が良い・又はある程度天気が良い時に使用され、天気が悪く雲が低い時はILSが使用されるということです。という事は、天気が悪い時は、降下角が3.0°のILSなので、都心の上をさらに低い高度で飛行機が飛ぶことになります!

 

 

国土交通省のページにも、「好天時」と「悪天時」として、この2つの種類のアプローチが紹介されています。

好天時にはRNAVアプローチが使用され、より空港に近い位置で最終アプローチコースに乗っているのがわかります。

ちなみにこの新ルートは「国際線の需要が集中する午後の時間帯(15:00~19:00)に限ってこの飛行経路を使用ことを想定しています。」(国土交通省)とのことなので、それ以外の時間は前の都心を避けるルートに戻るようです。

(資料:国土交通省

 

 

3.5°ってどんな感じ?何が違うの?!

国土交通省は都心を飛ぶにあたって、騒音対策と落下物への不安などの点から、アプローチの降下角を一般的な 3.0°から 3.45°(3.5°)へ大きくしたアプローチを発表しました。

 

自分がよく飛んでいた空港は、山に囲まれた谷にあり、アプローチによっては降下角も 3.5°ありました。天気の良い場合は谷を縫うように飛ぶことで、もう少し穏やかな角度でアプローチできるのですが、雲の高度が低く、計器飛行でアプローチする場合、どうしても直線的に降下しなくてはいけないので、山などの障害物を避けるために高度も高く設定されるため、降下角も大きくなってしまうのです。

 

たったの0.5°(0.45°)と思われるかもしれませんが、実際にコクピットから操縦していると、だいぶ違く感じます。特に最後の数百フィートは地面が迫ってくるスピードがいつもより速いので、慣れていないと少し恐怖感を覚えます。

 

降下角が0.5°大きくなると、降下速度も15%ぐらい増やさないといけません。具体的な数字だと、対地速度が140ノットの場合、3°の降下角だとだいたい750フィート毎分で降りていくのが理想的ですが、3.5°の降下角の場合、850フィート毎分も必要になってきます。

早く降下している分、スピードが落ちにくかったり、機種によっては3.5°では自動着陸ができないなどオートパイロットの機能に制約が出てくる場合もあります。

 

また降下態勢から着陸態勢に移行する時に少し機首を上げることを「フレア」というのですが、降下角が大きい時にパイロットが起こしやすい失敗が、フレアが早すぎる事、そして機首を上げすぎてしまうことです。

先ほど書いたように、地面が迫ってくるスピードがいつもより速いため、少し早めにフレアに移行してしまうのです。さらにアプローチ中に降下速度を上げるために、いつもより機首が下がった状態でアプローチするので、いつもとはフレアの機首上げ度も変り、恐怖から上げすぎてしまうこともあります。

ここで危ないのが、機首を上げすぎると接地のタイミングが遅くなり、滑走路をオーバーランしてしまう可能性も出てくるからです。もちろん機首を上げなさ過ぎてもハードランディングにつながります。

また、上げすぎてしまった機首を下ろそうと無理に機首下げをすると、機首から先に着地してバウンドしてしまうポーポイズ現象に陥ることもあります。2009年に成田空港で起きたフェデックス80便着陸失敗事故も、強風のためにハードランディングとなりバウンスし、ポーポイズ現象に陥ってしまったと指摘されています。

 

「3.5°」の問題点

降下角が大きくなると、降下速度が速くなりスピードが落ちにくいと書きましたが、これを実際にアプローチ中に無理してスピードを落とそうとすると、パイロットの仕事量が一気に増え危ない状況に陥る場合があります。自分も飛ばしたことある機体だと、CRJ700/900やB787-9などは特に降下しながらスピードを落とすのに苦労する機体です。

 

ここでの解決策が、フラップやギアを3.5°で降下を始める前になるべく下げておき、空気抵抗が大きい状態で最終アプローチへ移ることなのですが... そうすると空気抵抗が増えた分、エンジン出力も上げなくてはいけないので逆に騒音も大きくなることもあるのです。

そのため羽田空港ではパイロットのための注意事項にも、「フラップやギアは運航に支障がない範囲で、なるべく後で下げる事」と書かれています。これは何も羽田に限ったことではないのですが、空気抵抗が少ない状態で3.5°で降り始めるのはかなり神経を使います。

翼の上にスポイラーといって、立ち上がり空気抵抗を上げてブレーキの役目をする板がついるので、それを使えばアプローチできる事にはできるのですが、パイロットのストレスレベルもかなり上がり、理想的な状態とはとても言えません

操縦していて、実際にアプローチの最終段階でスポイラーを数回使った事があるのですが、いつも頭にあったのは「これはゴーアラウンドしなきゃいけないかも...」という事です。それほどレアな事で、それほど後手に回っているのです。

 

更にここで重要になってくるのがStabilized Approach Criteria(安定アプローチ基準)といって、最終アプローチ態勢に入った機体が収まらなくてはいけない基準が航空会社によって決められている所です。

アプローチの最後の方で、地面に近い時は、スピードや機体姿勢、降下速度、そして飛行コースなどが安定した状態で飛ばなくてはいけなくて、この安定基準を超えてしまった場合は即ゴーアラウンドをしなくてはいけません。その基準の一つの降下速度は、ほぼ全ての航空会社が1000フィート毎分と決めていると思います。

小型機はアプローチ時のスピードもそこまで高くないので問題はないのですが、大型機、特に天気が悪く燃料を余計に積んで重くなっている時など、アプローチ時のスピードが150ノットぐらいで、そのスピードで3.5°の降下角を維持するのには900フィート毎分程の降下速度が求められてきます。この状態で基準数ギリギリなので、ちょっと追い風でもあった場合は1000フィート毎分を超えてしまい、ゴーアラウンドをしなくてはいけなくなります。

 

東京の地理に詳しくない自分が言うのはなんですが、ただでさえ風が安定して一定方向からふいていることは珍しいのに、都心のビルが立ち並ぶ上を通るルートでどれだけ風が安定しているかは未知数だと思われます。これによってゴーアラウンドの数が増えるかもしれません。

 

航空会社としても、「滑走路が視認できており、瞬時の降下速度の超過なら、機長の判断でアプローチ続行可能」などという枠組みを作る対策をするところも出てくるかもしれません。

 

3.5°は本当に危ないのか?!

先にも書いたように降下角が0.5°大きくなっただけで、パイロットとしての仕事はややこしくなります

 

そこで大事になるのが事前にプランすることです。例えば、「アプローチ中にスピードが速すぎて、後手に回ってしまった場合は即ゴーアラウンドしてやり直す」や「最終降下を始めてからもスポイラーを使って減速するけど、滑走路から〇〇マイルまでにはフラップが下りている状態で、スポイラーのしまい忘れに注意する」など、具体的にプランしておくことが重要になります。

 

フレアの違いにも言及しましたが、ここでも大切になってくるのはしっかりとしたプランがあることです。例えば、「早めにフレアに入らないように、高度のコールアウトを聞きながらいつもより10フィート高めでフレアに移行」などと計画を立てることによって、実際に行動できるようになるのです。

フレアの機首上げも、「多少強めに接地しても良いので、機首を上げすぎない」と自分に言い聞かせてアプローチしていたのを覚えています。

 

3.5°降下角のアプローチも難しいのは最初の数回で、慣れれば決して難しいことはありません。また慣れていなくても、しっかりとプランさえできていれば、危険なアプローチでは全くありませんので安心してください!

 

自分はまだ慣れていなかった時は、機長にお手本を見せてもらい、機首上げのタイミング、そして機首上げ度などをしっかりイメージできるようにした上で、実際に飛ばしたのを覚えています。

 

ただ、フラップを使うなだのスピードを落とすなだの制約を付け過ぎるとパイロットへの負担が一気に増え、ちょっと無理を強いている感じも否めないので、国土交通省による見直しが必要かもしれません

 

世界にはもっと急なアプローチもある!!

ここまで降下角が3.5°のアプローチの話をしましたが、じつは世界には3.5°よりももっと急なアプローチがたくさんあるのをご存知でしたか?

 

その代表的なのが、イギリスにあるロンドン・シティ空港です!この空港は、大都市ロンドンのど真ん中にあるため、羽田と同じように騒音対策で降下角が大きく設定されています。その角度なんと5.5°!! ここまでくると、実際に飛べる機体も限られてくるので、実際に乗り入れている機体はボンバルディアやエンブラエルの小型旅客機、大きくてエアバスのA318となってきます。

 

さらに航空会社にもよりますが、実際にこのアプローチを操縦できるのは限られた機長だけで、そのうえ特別なトレーニングを受け実機訓練でも実力を証明する必要があります。

羽田も新アプローチも、もしかしたらこのような措置が必要なアプローチになるかもしれません。

 

実際にシティ空港へ乗り入れているイギリスのブリティッシュエアウェイズが作った動画があったので貼っておきます!

 

 

他にも、CNNが選んだ「世界で最も美しい風景が味わえるアプローチTOP10」にも選ばれた、カナダのトロントのビリー・ビショップ・トロント・シティー空港も騒音対策のために、ILSの降下角は4.8°になっています。

こちらの空港も、航空会社が乗り入れるには、特別なトレーニングを採り入れるなどした上で、国からの許可が必要です。

 

どちらも比較的小さな空港なので、羽田とはスケールも違います。では、海外にある大空港ではどうなっているのでしょうか?

フランクフルトには3.2°のアプローチがありますし、サンディエゴには羽田と同じ3.5°のアプローチがあります。3.2°はそこまで大きな違いがあるとは言えませんし、サンディエゴも普段視界が良い時は計器アプローチの高度より少し低く飛び、降下角を小さくしているようです。

やはり羽田空港ぐらいスケールの大きい空港で、3.5°のアプローチを採用するのは珍しい事で、世界中のパイロットにもしっかり周知してほしいです。

 

他にも工夫して騒音対策をしている空港もあります。例えばアメリカの首都のど真ん中に位置するロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港。まさに滑走路の直線上にホワイトハウスやワシントン記念塔があります!この空港の場合、騒音もそうですが、なにしろホワイトハウスの真上を通過させるのは国防の観点からもヤバいということなので、目を付けたのがすぐ隣を流れているポトマック川。ILSの角度を川の向きと合わせて滑走路からずらし、アプローチの最後でパイロットが滑走路を視認しながらターンして着陸します。

(資料:FlightAware.com)

 

地図上の赤い線が滑走路で、すぐ北側にある黄色い枠で囲まれている所がホワイトハウスやワシントン記念塔などが密集している地区です。そして滑走路から北西の方(左上)にある長い三角形のようなのがILSになります。いかに地理的に近い場所に空港があるかお分かりいただけると思います!

下の方に赤でかこってある「3.04°」が降下角で、「707」が最低降下高度(これは地面からの高度)になります。

 

パイロットは「最低降下高度 ⇒ 視認 ⇒ ターン ⇒ 着陸へ移行」という過程をこなすために十分な時間が必要なので、最低降下高度も707フィート/215mと高く設定されています。高くすることにより天気が悪く、最後の最後でパイロットが滑走路を視認しても、十分な時間があるようになっています。

 

これから羽田はどう変わるのか?!

ではこの新しいルートとアプローチによって、これから羽田空港はどう変わっているのでしょうか?

 

まず国土交通省が言う通り、滑走路の運用効率が上がった分、離着陸も増えオリンピックなどで増える観光需要に貢献するのは間違いないでしょう。さらに飛行機に乗っている乗客や、航空ファンにとっては、世界最大の大都市である東京と飛行機が生み出す景色を楽しみに待っている方も少なくないと思います。

 

都心の騒音も増えるのは間違いないです。 3.0°から3.5°に角度を大きくしても、せいぜい百数十メートル高い所を飛ぶだけで、さらに空港付近ではその差は数十メートルと小さくなるので、0.5°の差がそこまで騒音対策になるとはあまり思えません。

更に、急なアプローチでもスピードをコントロールするためにフラップやスポイラーで空気抵抗を上げると、エンジン出力も上げなくてはいけないため騒音も上がる可能性もあります。

自分は騒音の研究者ではないので、はっきりとは言えないのですが、パイロットへの負担を大きくしてまでも、降下角を0.5°大きくした割の効果にはちょっと疑問的です

 

最後に安全面ですが、最初の方はパイロットが慣れるまで少しハードなランディングがあるかもしれませんが、時がたちパイロットの方々が新しい角度に慣れるにつれ、ハードランディングの数も減ってくるでしょう。羽田に飛来する数が多くなる日本の航空会社、特に国内線を多く担当しているパイロットの方たちが慣れるまでに、そう時間はかからないと思います

逆に海外の航空会社のパイロットにとっては、「気を付けなくてはいけない空港」のレッテルを貼られるかと思われます。しかし、「気を付けなくてはいけない」=「危ない」という意味ではなく、3.5°の降下角であることを認識し、プランを立てる事さえすれば決して危ないアプローチではありません。各航空会社ともパイロットに新しいアプローチの注意点を周知させる手立てをしていれば問題ないかと思います。

 

大事なのは、最終アプローチに入ってから、「なんかスピード落ちにくいな...やべぇこのアプローチ、降下角3°じゃないじゃん!今はスポイラーで乗り切るしか...フレアのタイミングはどうしよう?!」と後手に回らないことです。

 

まとめ

●新ルートは都心の上を通ることによって、滑走路の運用効率を向上させるために、一日の込み合う時間だけ採用(今の内は)。

●「騒音対策」のために、一般的は降下角(進入角)の3.0°から3.5°のRNAVアプローチも登場。

●でも3.5°にして、アプローチ時の高度が百数十メートル高くなっただけで、実際に効果は(?)

●逆にアプローチが急な分、フラップなどで空気抵抗を増やしスピードをコントロールすると、エンジン出力も上がり騒音↑の可能性も(!)

●決して危ないアプローチではないが、パイロットへの負担もそれなりにあるので、スピードやフラップ使用の制約には見直しも必要(?)

●少しでも風が不安定な日はゴーアラウンドする機が増えるかも!

 

 

アップデート

アメリカのデルタ航空が新たに採用された着陸方法の「安全性が社内で確認できていない」という理由で、テスト期間であった「実機飛行確認」での運航を見合わせる決定をしました。(共同)

きっと実際に飛ばしてみたパイロットからのフィードバックが良くなかったのでしょうね。航空会社側としても、注意メモを配布するだけなのか、トレーニングを強化するのか、動向が気になるところです。

 

 

おしまいに

最後まで読んでいただきありがとうございます!

今回は「3.5°のアプローチは危ないのか?」という観点から書かせていただきました!

短くまとめようと思って書き始めたのが、ILSの話などで長くなってしまいました...

でも新しいアプローチの事で不安に思っていた方などの心配や、疑問を少しでも晴らせたらうれしいです!