知る、ということ。 | Asuka's Diary
◆昨日という日を一日過ごして、
改めて、思った。

約10年、東北で仕事をしてきて、
そこには、知っている人たちがいっぱいいて、
その分、悲しみは大きかった。

なんで自分がよく知っているところが、
知っている美しい風景が、
そして、知っている人たちが、
こんな酷いことになってしまったんだろう…と。

◆「知る悲しみ」という言葉があるが、
何も知らないで、生きていくよりも、
あぁ、知ってしまった、と後悔を持って生きていくほうが幸せだと思う。

例えば、とびきりの美味しいものがあるとして。
一度、味わってしまったらもう後戻り出来ないのだ。
でも、それを食べないで一生終わる人生より、
またあれを食べたいのに…と苦しみながら生きるほうがいいと思う。

これからも、自分の活動を通して、
出来るだけ多くのことに関わっていきたい。
たくさんの人と交わりたい。
色んなところに行きたい。
その分、受ける悲しみが
人より、多くなったとしても…
それでいいじゃない。

◆つまり、
いつも胸にとめている、
マザー・テレサの下記の言葉が身にしみて感じた一日でした。

『愛の反対は憎しみではない
無関心だ』

無関心であること、
苦しむ者に関わりを持たずに傍観者であることが、
愛の対極にあるという。

◆無関心でいられないのは、
東北にたくさんのご縁があるからこそ。
私は幸せ者なのだ…