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難病の母との生活

これは難病指定を受ける病気を患っている母に関する日記です。

基本的に暗い展開となりますが、
これを見た方が少しでも、親孝行しなければと思っていただければ幸いです。

5/14.15日の二日間、母は特に問題を起こすでもなく
比較的安定している様子でした。
それとも傍から見たらあまり普通ではない出来事も
毎日見ているせいで感覚が鈍っているのでしょうか。
何にしても家族、特筆すべきようなことで
父を困らせるような場面はなかったです。

ということで、今日は母の発症発見のときのお話でも。


ウチの市では、当選した人は人間ドック、脳ドックを低価格で行えるという
キャンペーンがありまして、見事両親が当選しました。
その際、母に脳動脈瘤という疾患?欠陥?が発見されました。
これは脳の血管が局所的に膨らんでいて、もし血管が破裂したら
身体的な障害が発生するかもしれない、というものです。
母の脳動脈瘤の大きさは大きすぎず小さすぎずというサイズで、
このサイズでは手術をして除去するときのリスクと、
そのまま放置して過ごすときのリスクがほぼ同じで、
お医者さんはどちらもおすすめせず、決断は本人にという形で話が進んでいました。

母はその前から少し言葉が出にくいことを気にしておりまして、
お医者さんの見解では脳動脈瘤は、言葉が出にくいことには関係していないというものでしたが、
脳動脈瘤を除去することでそれが治るはずだ、と考えていたように感じます。
それもあってか、母は手術を受けることを決断しました。

結果から言いますと手術は無事に成功しました。
ただ、その手術の際に執刀したお医者さんが母の脳が少々萎縮しているのではないか、
ということに気づいたそうで、術後に改めて脳ドックを行いました。
その結果、母はヤコブ病ではないかということがこの時点で考えられ始めました。

最終的には二週間ほど様子を見て、お医者さんがプリオン病の可能性が高い。
ヤコブ病らしいが、解剖してみないと分からないということを父に伝えたそうです。

以上が母の病気が発見されるまでの経緯です。


母の言葉が出にくいという症状は年齢による軽い痴呆だと思っていた私は、
その診断を聞かされたとき大変残念に思いました。
痴呆は意思疎通は難しくなるかもしれませんが、母は寿命まで存命します。
しかしヤコブ病では長くても3年ほどで亡くなってしまいます。


何も親孝行できていない私にとって、この違いは大きな違いです。
そしてこれがやりたい仕事、将来の夢よりも
母親との残りの時間を共有するため、実家から通えるところに就職を決意したきっかけとなります。

-続く
さて、最初の日記ということで簡潔に現在の状況を書きます。

家族五人で暮らしており、母親がヤコブ病と思われる難病を患っています。
ヤコブ病に関してはこちら↓(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%82%B3%E3%83%96%E7%97%85

ヤコブ病と思われると書いたのは、死亡した後の解剖を行わなければ
最終的な判断ができないと、お医者さんに言われたからです。

母が発症した時期については大まかにしか分かりませんが、
現在は発症後約一年経過した辺りだと思います。

現在の母親は以下の感じです。
・体はすこぶる元気である
・食欲も旺盛、ただし箸を十分に扱えない
・身近にある口に入る大きさの物は口に入れる
・トイレ、お風呂は一人ではできない
・健康時には滅多に吸わなかったタバコを一日10本くらい吸う(吸うにも誰かの手助けが必要)
・会話が成立しない
・感情の起伏がかなり激しい
・就寝時間が不確定
・機嫌のいいときは一人でもずっとしゃべっている

細かく書けばキリがないのですが、現在はおおよそ上記のような感じです。
会話が成立しないのがつらいなぁ・・・


タイトルに関してですが、母親の要介護度が上がったことに起因しています。
以前までは、一人でトイレはできなかったのですが体が元気であること、
まだ多少会話が成立したことなどがあり、要介護2でした。
それが前回の市の審査において要介護4に上がりました。
これによって市から受ける補助の額が上がり、家族への負担が減ることは好ましいのですが、
母の病状が悪化しているのですから素直に喜べません。
要介護度について↓
http://www.okazakikai.or.jp/kaigodo.html


うまくまとまりませんでしたが、今回はこれで終わります。
これからは母に関してその日の出来事を書いていこうと思います。
特に何もなく落ち着いた日などは、病気が発覚してからの母の病状の経過を
覚えている範囲で書いていこうと思います。







私はまだまだ親孝行し足りていないので、現在の状況についてかなり焦っています。
ただ、言葉は通じなくても表情や仕草で
まだギリギリ意思の疎通はできていると思っています。
今週末は何をして母を喜ばせようかと考えることを、最近無意識で行うようになってきました。
このブログは、難病指定を受ける病気を患う母に関する日記です。

書き始めた目的として、以下の二点があります。
・母との思い出を忘れないため
・日々緩やかに侵攻する病状は、毎日接している中では気づかないため、
それを後から見て客観的に把握するため

またブログとして公開した理由は、
これを読んだ方が少しでも親孝行しなければ、
という気持ちを持ってもらえたらいいな、という気持ちでブログにしました。
私は三日坊主であるため、これを少人数でも見てくれる人がいる、
と思うことで継続できるはずだ、ということも理由の一つです。

内容的に良いことはあまり書けないと思いますし、
ほぼ私的にアメブロを利用するだけですので、
興味のない方はスルーしてください。 以上。