私は国会議事堂前には行きません。
「戦争反対運動」。
↑
↓
「平和運動」。
「意識を向けたものが、現実になる」ことを、
私は知っているからです。
では、
平和運動に参加して、平和だけを祈り唱える。
平和にこそ、意識を向ける。
そうすればいいのでしょうか。
(それで良いならどんなにいいかと、少しは思っています)
多くの人が、よく、
「彼にフラレたー(涙)」
「でも、おかげで今のこの運命の人に出会えたわ!」とか、
「今ココで隣り合ったのも、大きな縁!」などと、
「すべては偶然ではなく必然である」
と言ったりします。
---もっと大きなことにその考えを、
採用したらどうなるでしょう?
先の大戦で日本が「敗戦国」になったこと、
世界で唯一の(原爆による)「被爆国」になったこと、
それらの「必然」とは一体、何だったのでしょうか。
人はそもそも、言われずとも平和や調和を求め、
そうあろうとする美しい生き物だろうと思います。
同時に、「他」(自分の外側や、内側も)を
憎んだりねたんだり、攻撃的な気持ちを持ったり
実際に攻撃をすること、
その奥底に、実は、
歪みながらも大きな「快」があることも、
私たちは知っているはずです。
(少なくとも私には、身に覚えがあります)
そして
「言われなくとも平和と調和を愛する美しさを持つ」人間、
たとえば私たち日本人 が、
敗戦国となり戦争の悲惨さを知り、
悲しみ、痛み、苦しみ、怒り、そして虚しさ。
さまざまな「闇」
ーーすなわち光とは真逆の世界、を体験した。
だから、
光と闇、対極を知った私たち日本人の「必然性」は、
"闇を知った「被害者の立場」から
平和こそを唱えること、闇を消すこと!
---でしょうか?
(そんな安いハナシですか?)
「平和だけを見ます♪」✨
「戦争反対運動には参加しません♪」✨
「戦争への拒否感など、
嫌な気持ちが起こったとしても、
それは見ません。すぐに打ち消します♪」✨
一見、うまくいきます。
当面は。大方は。
でも、ものごとは、そもそもすべてのものは、
「どちらか一方」では存在できません。
どんなに薄い紙でも、表だけ、裏だけの紙はなく、
手のひらは手のひらだけでは存在できません。
裏だけ、闇だけ、影だけを消すことや、
フタをすることはできません。
……。
「そんなことは、言われなくてもわかっています」。
では、
どうすれば、
どこへ向かえばいいのでしょう?
平和だけ、光だけを見ていれば、
一見、当面、大方はうまくいきます。
けれども、総和で見ればバランスを欠き、
調和は乱れていく。
「あなたが」
(そして「まやかしの」私が)乱しているのです。
「光だけじゃないなんてこと、わかってる」
という人も、
光を寄せたがるのです。
光だけしか見ちゃいけないという
まやかしから抜け出せずに、
闇を消そうとし、
実際に消し、
悲しいかな、
光になりたがるのです。
しかし、そうやって
「引き寄せ」れば引き寄せるほど、
大きな総体の中で「メグリ」は増していく。
引き寄せの功「罪」です。
大きな不調和を生んでいるのです。
(あなたが。そして「まやかしの」私が。)
これが、「仕組み」の実体のひとつでしょう。
「平和と調和を愛する者たち」が、
戦争の悲惨さを知り、敗北者・被害者として「闇」を知った。
だから、闇はもう見ないで平和だけ、光を見ましょう♪
右に、左に、振り子のように振れるばかり。
これをどんなに繰り返しても、
振り子の振幅をどんなに拡げたところで、埒はあきません。
あかない埒をあけるには、
「水平軸を脱却すること」
なのではないでしょうか。
「新たな軸への飛躍」。
「水平のどちらも、両極を知った者」だからこそ、
「新機軸」への脱却の可能性を、
現実のものにできる
のではないでしょうか。
それが私たち日本人、
両極を知った者、に課せられた「必然」、
だったのではないでしょうか。
表と裏、光と闇といった、水平次元とは違う場所。
そこにあるのは、
表も、裏もない、光も闇もない世界。
「分離」のない「ただひとつ」の領域。
1人ひとりが、至ることが大切で、
そうした世界へ至ることを、多くの人が
実現できたらよいと思います。
ーーー
闇と思っていたものが、そうではなかった。
光とは、思っていたのとはまた違うものだった。
分離のない世界とは、どんな世界か…。
そんな視点のために、
「しようと思ったこと」をします。
◆国会議事堂前に行かない、
◆平和だけを祈ることもしない、
その代わりに
垂直軸から「したいこと」。
以下の情報を、表(私の外)に出すことです。

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官報号外 昭和二十一年三月六日
◎昨五日、内閣総理大臣を宮中に召され、左の勅語を下賜せられたり。
朕(ちん)曩(さき)に、ポツダム宣言を受諾せるに伴ひ、日本国政治の最終の形態は、日本国民の自由に表明したる意志に依り決定せらるべきものなるに顧み、日本国民が、正義の自覚に依りて、平和の生活を享有し、文化の向上を希求し、進んで戦争を放棄して、誼(よしみ)を万邦に修むるの決意なるを念ひ、乃(すなわ)ち国民の総意を基調とし、人格の基本的権利を尊重するの主義に則り、憲法に根本の改正を加へ、以って国家再建の礎を定めむことを庶幾(こいねが)う。
政府当局、其れ克(よ)く朕の意を体し、必ず此の目的を達成せむことを期せよ。
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※平仮名部分の原文はカナ。( )の読み仮名と下線は筆者によります。
* * *
内閣総理大臣とは、時の首相・幣原喜三郎氏(写真)。

* * *
日本国憲法、殊に前文(便宜上、「前文」)と
9条を「真の意味で」創ったのは誰であったか。
そこに込めた「想い」と「決意」とは何だったか。
(早めに言っておくと、私は別に、右にも左にも寄っていません)
この言葉を述べた人物の、
当時の(今も、の)状況からして、
最後の一文の強さ、
「必ずこの目的を達成せよ」
という言葉の重さについて考え、
感じる意味は大きいのではないでしょうか。
ここに表に出す、
この(勅語)がすでに、
「国民主権」「戦争放棄」「基本的人権の尊重」
を網羅していること。
そして、
「進んで戦争を放棄し」、
「誼(よしみ)を万邦に修むるの決意」。
自国の行く末を、
諸外国への確固たる信頼にーーー
諸外国(万邦)のよしみ、
「善なる在り方」を完全に信頼し、
それに委ねる(修むる)、
と言っています。そんなブッ飛んだ話です。
「道を挟んだ離れの横の、
隣人の母屋を消火するのだ!」
「おーー!行けーー!!」
その可能性に備える前に、
「隣人に(も世界のどこにも)火事は起きない」
とする、
そんな夢物語のような世界が、
私たちの、この素晴らしい国の憲法…。
「五六七(みろく=弥勒)の世」の憲法はすでに、
70年近くも前にできていたのです…。