載せずにおこうかなぁ、と思いましたが、
何となく載せる氣になりました。
☆ ☆ ☆

過日9月3日(木)もマヤ暦の終わりと始まりで
意味深い日でしたが、その夜は、友人と、
「第1回ネオ縄文会議」と称して会食の機会を持ちました。
会議と言っても、私とその彼と2人なんですけれど(笑)。
でも、超古代日本のエネルギーについて、
そしていまとこれからについてなど、
いろいろ話せて有意義で楽しい時間となりました。
で、ちょっとした経緯からその友人が、
すぐ近くの鳩森八幡神宮の富士塚に登ることになったんです。
鳩森神宮の富士塚といえば、日月神示を降ろされた
岡本天明氏が麻賀多神社(天日津久神社)にいらっしゃる前に
神主(留守番神主)をなさっていた神宮です!
天明氏らによる数々の御神業の中で、
「江戸の仕組」の一の宮として昭和19年8月10日に
神祀りをなさった場所です。
そんな日月神示ゆかりの場所……。
私は、今の住まいに引っ越してから5年近くもの間
とても近所にあるこの神宮の存在を知らず、
あるとき、なぜか日々通る道を変えて
違うルートをたどることにしたんです。
何の脈絡もなく。
なんとなく。
そうしたら、それがこの神宮の前を通る道だった。
にも関わらず、まだ、富士塚の存在には気づかず。
でも、また別のある日、ふと急に
「都内最古の富士塚うんぬん」という立て看板が目に入りました。
それまでまったく見えていなかったのに。
見た途端に、
なぜか「登らねば」という衝動に駆られた(笑)。
去年の6月だったと思います。
この段階では私はまだ
日月神示はその存在や「まるちょん」、そして
「○○ざぞ」といった独特の言葉、、、などのことしか知らず、
読んだことなどまったくなかったにも関わらず、です。
なぜか、登った。
ご近所での買い物の荷物抱えて。ヒールで(笑)

以来、この富士塚には幾度となく登っており、
今年は山開きにも行きました。


というのも、鳩森神宮…というより、
日月神示については、私には2年半前(2013年春)より
とても不思議な、
不思議すぎる、理屈を超えたレベルの
壮大なスケールの伝令・お導きがあり、
それはこのブログのタイトルの一部「ウロボロス」と
大いに関係があるのですが、
そのつながりが解ったのが、今年の1月だったのです。
(これについては長くなるので別途改めて記します。
きちんとまとめておきたいと思っているので)
なので、今年の6月には
この神宮と富士塚の重要性も解っていたので、
今年は富士塚山開きにも参加。

(梅雨のさなか、あいにくの曇り空でした)
ちなみにこの鳩森神宮の富士塚は、
国内のほかの富士塚の中でも珍しく、
1年を通していつでも、365日24時間
いつでも登ることができます。
ほかの富士塚では、本物の富士山同様に
登れる時期を限っているところも少なくありません。
で、山開きは今年の6月3日。
実はその前に……、
ある存在が私のもとに来てくれていました。
これもまた、その経緯は別途詳しく書きますが、
「アイリス」という存在。
こういうとき、私のところに来る存在やメッセージは
いつも、「私が知らないこと」が来ます。
知らないのに、何かが来て、
あとから調べると、わかる。
そういう順序。
最初から知っている、前提知識があるものが
来るんじゃないんです。
こうした伝令を受け取っている方々、
皆さんそうだと思います。
今回もそうでした。
「アイリス」って言ったら、目薬しか知らない(笑)。
なので調べたら……。
ギリシャ神話の、虹の女神でした。
「アイリス」=「イーリス」ともいいます。

エジプトでは「イシス」です。
(だからイシスもブログタイトルの一部です)

イシス = アイリス、伝令の女神です。
そして、あやめの花、 でもありました。
この女神様が来たのが、山開きより少し前の
5月25日でした。
ヒマダム、お花とか詳しくないの。
だから
アイリス = あやめ だっていうことは
もちろんグーグル先生に聞くまで知らなかったし、
その旬も知りませんでした。
だから、せっかく来てくださったから
部屋にもあやめを…と思ったけれど、
お花屋さんにも売っていなかったんです。
うーむ、あやめと似た菖蒲は端午の節句に使うから、
旬は初夏の5月頃で、
もうシーズンは終わってしまっただろうな、と思っていました。
そうしたら、山開きの日。
「!!!」

鳩森神宮の一角、富士塚の目の前、
見事な「アイリス畑」になっていた(笑)。

きれいでした!(写真はヘタだけど)
ここにいて下さったんだ!って、嬉しかったです。
で。
肝腎のUFOに行くまでに、
長くなりました。
次の記事に書きます。