ここは渋谷区にあるビルの探偵事務所。

渋谷区といっても、駅前付近のような繁華街ではない。


仕事もそれなりにあるけれど、

たまたま4つの仕事が同時に終了したため、

勤務時間といってもリラックスしたムードが室内を包んでいる。


「人間ってさ、誰として生まれてきたかって

結構重要なことだと思わないか?」


突然、突拍子もない言葉が宙を舞ってきた。


「それはまた哲学的な命題ですね。秋島さん。」


そう、秋島公平こと秋島探偵事務所のオーナーなのだが、

私と助手の神山君の3人しかいないにもかかわらず、

仕事をそれなりに依頼され、きっちりこなしてしまう。


やはり都会に一人で住み慣れた人は

何かを持っているのかもしれない。


そう思っていると、


「たとえば美香、

君がこの子の名前と両親の元に生まれてきたとして、

果たしてこの子と同じように

アイドルとしてテレビに出ているかどうかって事だよ。」


そう言われながら私たちはテレビで歌っている今売れに売れている

アイドルを見つめていた。


「でもそれじゃ不自然ですよね?名前と環境って

その人の生き方そのものに影響を与えませんか?」


その言葉を待っていたかのように秋島が答える。


「そうなんだが、そうじゃない。もう一つ付け加えると

そこには選択する余地がいくつもあるってことだ。

ただし、そいつに見えているのはせいぜい二つか三つ。

そしてそれを選ぶのは自分自身。」


何が言いたいのか分からなくなってきた。

確かに選ぶのは自分自身だけどそのアイドルの子自身に

なったんだとしたら、誰がその子になろうが

結局のところアイドルの道を選ぶような気がする。


「わからないかい?」


見透かしたかのように秋島が問う。


「私には難しい命題ですね。」


「じゃあ分かりやすい言葉を一つ使うと


『魂』は同じじゃない。


そうなると、同じ名前、同じ環境を貰っても

進む道はまったく違ってくる。」


秋島はそこで言葉を区切りタバコを吸い出した。

私はなんとなく分かるがどうしても引っかかることがある。

しかし、なんと言っていいのか思いつかない。

煙の向こうにまどろっこしい時間が流れた。

アイドルの子は歌を唄い終えて笑顔を振りまいていた。


「何か忘れていないかい?」


また、秋島が見透かしたように一言を発した。


「ええ、そうなんですけど、

何て言えばいいのか、分かりません。」


「じゃあ選んだ道の先にはいったい何があるかって、

思わないか?。」


確かにそうだ、同じ名前、同じ環境で育った違う人物は

一体何になるんだろうか?私だったら普通に仕事してるのかな?


「そう、行き着く先は、たとえば美香、君だったら

俺のところで働いているだろうね。逆に俺が君の姿をしていても、

俺は探偵事務所のオーナーになっているだろうね。」


なんだかやりきれないもどかしさがこみ上げてくる。

話としては面白いが、絶望的な気がする。

秋島がさらに続けた。


「絶望的だろう?どうあがいても君は俺と仕事をしている。

けれども立場が変わらない。しかし、それは魂がそうさせている。

それを覆すには血のにじむ努力と、

決して折れない心を持たなくちゃいけない。」


そういうと、秋島はテレビに映っているアイドルの子を見やり、

ポツリともらした。

「彼女もそうやって自分の運命を打破して行ったのかもしれない。」


「え?どうしてですか?」

わけが分からなかった。彼女と秋島にどんなつながりがあったのだろうか?

そう思っているのが分かったかのように話し始める。


「彼女はね両親から酷い虐待を受けていたんだ。

父親は彼女を愛玩具としてしか見ていなかった・・・

それを不振に思い彼女の母親が私のところに来て

父親の身辺調査を依頼したって訳さ。」


「あれ?でも、今、両親って・・・」


「そうさ、母親も彼女に折檻していたのさ。

だが、父親が父親なだけに離婚することは

目に見えていた。そのために彼女の心象を

よくしようとしただけなんだ。」


今も画面上で満面の笑みを浮かべている彼女。

もしかしたら自殺していてもおかしくないと思った。


「よくテレビで見かけますけど、こんなにかわいくて

素敵な笑顔を振りまけるなんてすごいですね。」


本心から感動してしまった。


「だろ?俺が身辺調査をしてる段階だけでも彼女、

10回は自殺しようとしてたんだ。俺が止めたんだけどね。」


じゃあどうやって彼女はアイドルになろうと決心したんだろうか?

死ぬことにしか先を見出せなかった彼女が、

再び立ち上がり、人生のまったく違う選択肢を選ぶファクターとは?


「俺が言ったんだよ彼女に。


『俺がこいつら二人から金をむしり取ってやるし、

この二人が君の代わりに死んでくれる。

君の魂は死を選びたがっている。

その魂を俺にくれたら今言ったことやってあげよう。

どうせ君の両親は君に人生の楽しみ方を与えてくれはしないんだ、

だったら二人よりも上質な人生を歩んでみたくないか?』


ってね。」


ゾッとした、


神にでもなったつもりなのだろうか?

普段の秋島からは想像もつかなかった。

まじめで実直という感じではなく、

どちらかといえばおちゃらけていて、

場の雰囲気を和ませるのがうまいといった印象で、

それで仕事を乗り切るところがあった。

やはり、都会に一人で長く行き続けるには、

それなりの何かを持ち合わせているのだろうか?