あしたうさぎ の 散歩日和 ー と 衣食住、ときどき好きな事。ー

あしたうさぎ の 散歩日和 ー と 衣食住、ときどき好きな事。ー

旧タイトル
あしたうさぎの朝ごはん ー野菜ごはん、ときどき、好きなこと。ー

足りない物を補い身体を整える朝ごはん・・・の事を書いてたけど、20年から朝散歩の事等を書く機会が増えました。写真の著作権は放棄していません。ご使用ご希望の際はご相談下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

 2026年6月のある日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに優しい言葉は無い。


生きてきて良かった。もう


十分、と



思う日もあった。



 

 

そしてまた別のある日、



何週間か悩んだ挙げ句、


好きな物見たい気持ち


行きたい気持ちが沸き


嬉しい事伝える事出来、



それは、


当日の朝の様子で判断


して決めよう、と言われ、



そして行けたよ。先週の


日曜日。



(電車で。建物の中にはそんなに人は

 いないのだけど、街にはそれなり。)

 


 

 

 

 

 

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誰かに理解された。


もう十分この人生。


たった1日の浮上



 

 

 

 

 




 

 


だけど、そこに至る事の


かけがえ無さ、に気づく。



その、他の人には


決して理解されない


何十年分の私を知らないと

 

 

 

 


出てこない言葉は、

 




書いておかないと


思い出せないかな?


でも、いいか。 

 


そう、くたびれた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鼠だね。

 

 

 

 

 

 

 

あの木だね。

 

 

 




 


木の1年に


木の一生に



本当の幸福と


本当のプライドが


見えるんだよなあ。



今年も辛夷の花は見た?


それでも


あの年と同じ関わり方は


出来ない今。





誰かの上に立とうとする


事とか、褒められる事で


自身の価値を保持する事



に終始するのが、如何に


悲しく愚かであるかとか、



(どんなに悔しかっただろう、と。

 只、誰に知られずとも美しかった。)


 

確認するのも悲しい今。

 


 


 

 

 

 

 

6月の半ば、あの日曜日、

 

 

 


電車に乗るのに家を出て


すぐに勝手に目が閉じて


しまうの困りながら行き、



で、あの1日の外出の


際中は平気な風でいたのは


4月までと同じで、又翌日


から増した不安感と怒りと



苦しさで、


どうしようもなくなるのも


同じ、

 



そのまま更にその翌日


今度は車で出かけると、



その後は、


遂に完全に、毎日が


自分との戦いになる。



苦しくて苦しくて


どうして私は泳げて


しまうのか、と。


 

 

 

 

 



発作的で抑えが効かなく


なる状態度々現れるのは


3度目の発症となる今回


が初めて。






けど、発作的なそれ


無ければ3度目来た、


と思えなかったかも。





なぜなら、全くの元通り、


ゼロになる時期は無くて


ゼロでない所から緩やか


に悪化したから。




私自身の問題で無い


とは過去の通院時に


何度も言われていて


(これは私に限らず、

 他の方の場合も。なのに反省

 したりずっと自分を責める。原因、

 もらい事故のような経験の始末を

 その人自身でどうにかしなければ

 ならない理不尽さ、は戦争で

 破壊された街の復興に似てる。)



なのに、


というか、で、



ずっと付き合うもの


だと何十年もかけて


最近気づいた。



それこそ、動画や


ブログとか、でね。





(皆、騙し騙し、でも努力して

 生活をしているので、そういう意味では

 そこら中に同志や理解者もいる。未満、

 未病の人、近い経験した人、賢い人、は

 優しくて・・・そういう意味では意味の

 ある病気だと思う。良い出会いもある。)



ちなみに


ずっと付き合うと


言うのは



身体の


大事なその部分が


変化してしまったから、


その点はもうずっと前


には知っていた。


変性?傷ついた部分は


2度と戻らないからと。







 

だとすると、人間の


幸福の定義が楽しい


だけだと、より大変。



ただ、


今、私の生活には


楽しい、が最も必要と


も、わかっている。



(散歩よりもっと甘いのは何?

 ・・・今は流石の私も、

 快感のみのあれこれでいい、と。

 この時もその大事さ、必要性言う。)

 






それでも、


長い時間、お互いに、


努力して積み重ねて得た


幸せは、やはりいい。





理解される。が


凄い誰か、にでなく


時間を重ねたからこそ


なせる技なのがいい。




ああ、只これも無駄な


ポジティブ頭のせいも


多少はあるかな。



お互い様。


良い事ばかりでは


勿論無かったぞ。









夏至過ぎて、



自分、


自分以外の何か、


恐怖と戦い続ける


苦しい1週間過ぎた。



相変わらず他人には


笑顔向けながら来た。で、


ここでやっと休息、メモ。


(何年か前から、私、かなり

 特殊なブログの書き方する。

 時間はかかるけど、ならば

 どうにか、かける。)





ここの所時々あるけれど


6月23日、この日は確実


に副交感神経優位の日。



深い呼吸が


楽に出来てた。



(6月初めの午睡取れた日もそうだった。)





これは


仕事していたら、困る事が


多いだろうけど、


(ポーっとしちゃって)



眠れない私は


病的に交感神経優位の日々を


何十年と送ってきたはずだから、


こういう日が時々現れる今、


嬉しい。




そういう日は合わせて


涙脆さが尋常でない、けど


ひとまずは楽しんでいる。


そう!これは楽!楽しい!



(だけど、1日の中で怖くて


 苦しくて不安で悲しくての


 涙も出たから、差し引き0。


 悲しくても泣けないよりは


 何倍も楽でいいかと。)








明らめたり、切り捨てたり、


も含める工夫や努力もして


今までもたまにそういう


日があったけれど



今年に入ってからの


こういう副交感神経優位により


数時間眠れる日ぽつぽつ現れる


ようになったきっかけは、




首への意識。あ、目も。


最初は目への意識で。



上手くいかない日もあるけど


もう少し慣れてきたら書く?





ちなみに、


24日はまた不安の中。


買い物の、探し物の間、


に浮上したはずなのに、



初めて


穏やかになる筈の散歩の


終わりに動悸で胸潰れそうに。





だけど


マンションの入り口で


Sさんと管理人さんに会い、


痩せ我慢の冗談口にして帰宅。


少し経つとフワーッと胸は楽に。





25日


掃除機をかけ終わってしまったら


先週からの混乱事の件で苦しくて、


どうしようもないから、今


どうしようもなく苦手な電話、で


問い合わせ決行。



出来た。


前日の買い物も解決の為だった


から達成感あったけど、ひとつ


解決して少し楽になった。


動悸治まる。



昼頃に、電池を買い、


郵便局へ。夕方には汗も引き


気づけば呼吸も穏やかに。




26日3時


穏やかな呼吸に気づく為の


ように目覚める。






これらは只事実。見て、読み、


どう感じるか、はその人次第。



そして今日、


鼠はいるかな?


辛夷の木はあるかな?


昼には一度出よう。