神奈川県横浜市の中区は、多くの顔を持つ。開港以降、入ってきた西洋や東洋の文化が根付くスポット、みなと周辺に観覧車や三日月のホテルが並ぶ洗練されたエリア、戦後の名残を残す商店街…。日本人も外国人も、そういった多面性に魅力を感じている。

中区でも南に位置する元町中華街エリアは、開港後に外国人商人のための居留地として設けられ、横浜に住む中国人が今の中華街の基礎を作り、華僑社会として発展してきたこの街は、中国そのものだ。昔から店頭には食べ歩きの中華まんじゅうやゴマ団子などが売られているが、最近ではスープ入り小龍包など種類が豊富になってきていて、店に入らずにその場で食べるか、歩いて数分で行ける山下公園で食べる外国人が目立つ。

横浜中華街に来るたびに中国人らしきツアー客と遭遇する。観光客と思われる外国人数名に、なぜ中華街に来たのか聞いてみたところ、大半は「歴史に興味がある」「中華料理が美味しい」との回答だった。横浜中華街では、2月の中旬から3月の頭にかけて、中国で行っている春節祭を行うなど、イベントも楽しみの一つだ。
みなとみらいエリアと線路を挟んだ山側に位置する野毛小路という商店街がある。

そして、野毛小路から100メートルほど離れたところに、都橋商店街という戦後に建てられた雑居ビルがある。横長で、店が規則的に詰め込まれたそのビルは、その姿からハーモニカ横丁とも呼ばれている。

5、6年前に訪れたときは、あたりは真っ暗で通る人はホームレス風の男性で、いつ襲われるのかヒヤヒヤしていたし、着いたら着いたで、小さく規則的に区画され、スナックのような薄暗いネオンが光る店舗は、ほど近くにある、ちょんの間(黄金町にあった青線地帯。今は強制撤去されてギャラリーとなっている)を彷彿さていた。また、一歩奥に踏み出すとラブホテル街ということもあり、近寄るのさえためらわれた。

しかし今は、大半は趣向を凝らした店が多く、さらに激狭の楽しみが味わえるここもまた、焼き鳥やもつ煮などの匂いと人の喧騒で溢れている、野毛小路とは違った楽しみを味わわせてくれる。ここ最近は女性客を中心に増加する一方だ。


野毛エリアにはまだ外国人の姿があまり見られないが、フェイスブックの影響で、訪日外国人にもいずれ人気が出るときがくるだろう。

中区でも南に位置する元町中華街エリアは、開港後に外国人商人のための居留地として設けられ、横浜に住む中国人が今の中華街の基礎を作り、華僑社会として発展してきたこの街は、中国そのものだ。昔から店頭には食べ歩きの中華まんじゅうやゴマ団子などが売られているが、最近ではスープ入り小龍包など種類が豊富になってきていて、店に入らずにその場で食べるか、歩いて数分で行ける山下公園で食べる外国人が目立つ。

横浜中華街に来るたびに中国人らしきツアー客と遭遇する。観光客と思われる外国人数名に、なぜ中華街に来たのか聞いてみたところ、大半は「歴史に興味がある」「中華料理が美味しい」との回答だった。横浜中華街では、2月の中旬から3月の頭にかけて、中国で行っている春節祭を行うなど、イベントも楽しみの一つだ。
みなとみらいエリアと線路を挟んだ山側に位置する野毛小路という商店街がある。

そして、野毛小路から100メートルほど離れたところに、都橋商店街という戦後に建てられた雑居ビルがある。横長で、店が規則的に詰め込まれたそのビルは、その姿からハーモニカ横丁とも呼ばれている。

5、6年前に訪れたときは、あたりは真っ暗で通る人はホームレス風の男性で、いつ襲われるのかヒヤヒヤしていたし、着いたら着いたで、小さく規則的に区画され、スナックのような薄暗いネオンが光る店舗は、ほど近くにある、ちょんの間(黄金町にあった青線地帯。今は強制撤去されてギャラリーとなっている)を彷彿さていた。また、一歩奥に踏み出すとラブホテル街ということもあり、近寄るのさえためらわれた。

しかし今は、大半は趣向を凝らした店が多く、さらに激狭の楽しみが味わえるここもまた、焼き鳥やもつ煮などの匂いと人の喧騒で溢れている、野毛小路とは違った楽しみを味わわせてくれる。ここ最近は女性客を中心に増加する一方だ。


野毛エリアにはまだ外国人の姿があまり見られないが、フェイスブックの影響で、訪日外国人にもいずれ人気が出るときがくるだろう。
住宅街を抜けると湘南の海をぐるっと見渡せる江ノ電、路地裏カフェ、鎌倉彫、寺社巡り…鎌倉市には旅行者を楽しませるスポットが数多くある。
そんななか、歴史を楽しめる団体が存在する。「鎌倉もののふ隊」といって、800年前の武士や姫に扮し、鎌倉の街や史跡を巡るなどのツアーをおこなっている。
今回は姫としてツアーに参加した。
着るのは以下の壺装束(つぼしょうぞく)。

「壺装束とは、公家や上流の武家婦人外出姿で、袿をからげ、裾をつぼめるのでつぼ装束という。懸(かけ)[掛]帯は胸のあたりにかけ、足には緒太の草履をはく。藺笠には「からむし」[麻]で作られた布を垂れる。虫除けにもなる、これを「むしのたれぎぬ」という。」(風俗博物館より引用)

1 市女笠(いちめがさ)の巾子(こじ)
2 むしのたれ衣(きぬ)
3 飾(かざ)り紐(ひも)
4 袿(うちき)
5 単(ひとえ)
6 懸(かけ)[掛]帯(おび)
7 緒太(おぶと)の草履(ぞうり)
8 懸(かけ)[掛]守(まもり)
(風俗博物館より引用)
「いざ出陣じゃ!」という掛け声と、法螺貝を吹くことで、ツアーが始まる。当時おこなっていた出陣スタイルを忠実に再現しているのだ。

鶴岡八幡宮にほど近い路地裏を進む度に、老若男女、外国人などと出くわし、一緒に写真を撮る人もいれば遠くから撮る人も。50代60代と見受けられる女性の中には「静御前ですか?もしかして北条政子ですか?」「その衣装はなんですか?」などの質問をする人もいた。
金沢街道に出ると、さらに多くの観光客から写真を撮られた。どこを歩くにも注目されるもののふ隊は、武士という歴史を象徴するスタイルで、鎌倉という地域のブランディングに一役買っている。
この日は「鎌倉路地フェスタ」が開催されていて、もののふ隊は地元商店を中心に練り歩いた。主宰者の鎌倉智士さんは、イベントでの初見ではなく、普段から地元住民と親睦を深めている。


フェスタでは、地域活性化を目指し、地元が総力をあげて個人宅やギャラリーを有効活用し、地元アーティストの作品を出展、三味線の披露などをしている。もののふ隊には、それらの橋渡しとして、今後も尽力してもらいたい。
そんななか、歴史を楽しめる団体が存在する。「鎌倉もののふ隊」といって、800年前の武士や姫に扮し、鎌倉の街や史跡を巡るなどのツアーをおこなっている。
今回は姫としてツアーに参加した。
着るのは以下の壺装束(つぼしょうぞく)。

「壺装束とは、公家や上流の武家婦人外出姿で、袿をからげ、裾をつぼめるのでつぼ装束という。懸(かけ)[掛]帯は胸のあたりにかけ、足には緒太の草履をはく。藺笠には「からむし」[麻]で作られた布を垂れる。虫除けにもなる、これを「むしのたれぎぬ」という。」(風俗博物館より引用)

1 市女笠(いちめがさ)の巾子(こじ)
2 むしのたれ衣(きぬ)
3 飾(かざ)り紐(ひも)
4 袿(うちき)
5 単(ひとえ)
6 懸(かけ)[掛]帯(おび)
7 緒太(おぶと)の草履(ぞうり)
8 懸(かけ)[掛]守(まもり)
(風俗博物館より引用)
「いざ出陣じゃ!」という掛け声と、法螺貝を吹くことで、ツアーが始まる。当時おこなっていた出陣スタイルを忠実に再現しているのだ。

鶴岡八幡宮にほど近い路地裏を進む度に、老若男女、外国人などと出くわし、一緒に写真を撮る人もいれば遠くから撮る人も。50代60代と見受けられる女性の中には「静御前ですか?もしかして北条政子ですか?」「その衣装はなんですか?」などの質問をする人もいた。
金沢街道に出ると、さらに多くの観光客から写真を撮られた。どこを歩くにも注目されるもののふ隊は、武士という歴史を象徴するスタイルで、鎌倉という地域のブランディングに一役買っている。
この日は「鎌倉路地フェスタ」が開催されていて、もののふ隊は地元商店を中心に練り歩いた。主宰者の鎌倉智士さんは、イベントでの初見ではなく、普段から地元住民と親睦を深めている。


フェスタでは、地域活性化を目指し、地元が総力をあげて個人宅やギャラリーを有効活用し、地元アーティストの作品を出展、三味線の披露などをしている。もののふ隊には、それらの橋渡しとして、今後も尽力してもらいたい。